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私がいつもみたいに朝の教室で本を読んでいる時の事。ひとつの会話が耳に入った。
「ねぇ、知ってる? あの噂」
話しているのはクラスの派手目な女子三人グループ。
「なんの? こわいやつ?」
「違う違う! 図書室にあるっていう本の噂」
「えー? 知らない〜」
「なんかね、ツキハナミ? っていう本を借りて告白すると、絶対に成功するんだって!」
「えー!」
「まぁ、私にはもうサッカー部の彼が居るから要らないけどね!」
「お暑いことで!」
キャーキャーした声。その話に気付けば私は耳を完全に預けていたが、それ以上は彼氏の話に変わってしまった。
チラリとその女子の方を向く。すると、その奥で机に座って話している男子と目が合った。
慌てて顔を本で隠す。本にメガネがカチャンと当たる。ずれたメガネを直して、またチラリと彼の方を見るが、もうこちらを見てはいなかった。いや、見ていたのすら気のせいだったのかもしれない。
クラスのサッカー部の男子と話す彼を本の隙間から覗く。少し明るい茶髪に、爽やかな顔立ちの横顔が笑う。それだけで私の胸はキュッと締め付けられる。
休み時間に起きた下らない雑談の一幕。それは私の耳にじんわりと残り続けた。
「あれ、二日連続? 珍しいね」
気付けば放課後になると同時に、図書室に来ていた。
「あっ……えっと、その、借り忘れてた本が」
「そっ、ゆっくりしていきなね」
司書の先生はそういって読んでいた本に目を戻した。ジャンルすら分からない本を探すのは至難の技だ。加えて私の学校は他校より図書室が大きい。どれほどかというと、なんと図書室が二階建てなのだ。もはや図書館である。
かといって、司書の先生に聞けるかといえば無理である。もし、先生がこの噂を知っていたら……もうここで何も借りれない。それは非常に困る。図書室の隅の本棚に近づく。あの噂はあまり浸透していないのか、図書室に人は少ない。
私はタイトルに目を滑らせながら、彼のことを思い浮かべていた。毎日挨拶をしてくれるからか、あの無邪気な笑った顔が輝いてみえたからか。どうして好きになったのかは今となっては思い出せないが、この気持ちだけは確かに胸を苦しく締め付けていた。
絵本、図鑑、参考書、小説、漫画、雑学。一体幾つの棚を探しただろう。目がシパシパと乾燥してきた。外も夕陽が赤く図書室を照らしていた。今日は一度切り上げて帰ろう。本棚から目を逸らす瞬間。
「あれ」
視界の端に、見えた本のタイトルに帰ろうとした足が止まる。
振り返って、本棚を見直す。
「やっぱり、見間違いじゃなかった!」
白い背表紙に、金色の糸で『ツキハナミ』と刺繍されていた。
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