ツキハナミ

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 美しい刺繍に思わず見惚れてしまう。白い生地の背表紙をそっと触れる。金の刺繍がキラキラと輝いていた。  うっとり見惚れていたのも束の間。すぐにその本を鞄に仕舞い込んだ。 「あら、本は借りないの?」 「は、はい! 良いのが無くて……」  懐にツキハナミを仕舞ったまま、図書室を後にした。誰が借りたのかがバレてしまうのは避けたかった。私は図書室を出ると、早歩きで廊下を歩く。階段を降り、昇降口を出た。 「きゃっ」  校門を抜けたところで人にぶつかって、咄嗟に鞄を庇ったせいで、尻もちをついてしまった。 「大丈夫かい?」  ぶつかった男子に、申し訳なさそうに手を出された。その顔を見て、私はすぐに顔を伏せて伸ばした手を引き戻した。私を心配そうに見下すのは、彼だった。同じクラスのサッカー部。少し明るい茶髪に、爽やかな顔立ちの彼。私の好きな彼が、そこには立っていた。 「あっ、えっあぅ」  予想外の対面に、言葉が詰まる。   「えっと、大丈夫そうかな?」  私がどもっていると、彼はその場から去ろうと、私に背中を向けた。 「あっ、あの!」  私は更に焦ってしまい、気付けば鞄を開けていた。 「つ、付き合ってください!」  鞄から取り出した本を差し出した。彼は背中を向けたまま動かない。幸い下校時間からズレていたのもあって、人影はない。 「うん。よろしくね」  彼は振り返って笑った瞬間、私の持っていた本はボシュッと燃えるように消えてしまった。 「それじゃ、帰ろうか」  私が消えてしまった本に驚いていると、彼はそれには一切触れずに、自然と手を握って歩き出した。 「えっ、あっ」  その急展開に、私は手を離してしまう。本の効力があった驚きより、動揺が勝った。効力があったにしても、付き合ってすぐ手を繋いで一緒に下校? あまりにも急展開過ぎる。 「どうしたの? いつもみたいに家まで送るからさ」  また自然に手を絡めてくる。そこに先程まで、他人だった人への躊躇は一切見られない。告白した私が若干押される勢いだ。それに、いつもみたいにって……これまで一度だって、彼と一緒に帰ったことはないのに。 「あれ、なにしてんの?」  なにかおかしい気がする。疑問を抱く私に、後ろから声が掛けられた。振り返ると、クラスで噂話をしていた女子の一人。この本について話していた女子だ。  彼女だと気付いたとき、私は心臓が止まるほどに驚いた。私の好きになった彼は、彼女の彼氏だったのだ。 「あ、あの、何かご用で?」  それでも、今は私の彼氏だ。私は多少の優越感と共に聞き返した。 「いや、なんか揉めてそうだったから……って、なんだあんたたちか」  彼女は私達の顔を見ると、やれやれとため息を吐いた。 「あんたたち、いつもいつもイチャイチャイチャイチャ……よくも飽きないわね」 「え、いつも……?」  彼女の反応は私の考えていたどれとも違った。 「何、ぼーっとしちゃって。あんたらいつも一緒に帰ってんじゃん。毎度毎度腕まで組んじゃって、あーあ嫌になっちゃうわ。私も彼氏欲しい〜」 「良いだろ、お前も性格さえ直しゃ彼氏くらいすぐだろ」  私は二人の会話に薄気味悪さを感じた。背中をつーっと冷や汗が流れた。そんな事実、あるわけないのに、まるで昔から付き合ってたみたいに……。  
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