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食後、音楽室へ。
門倉は棚からレコードを取り出す。プレーヤーに置き、針を落とした。
♪somewhere over the rainbow
抑えた声の優しい歌だ。
門倉が立ったまま聞くから、友恵も立って聞く。
と、門倉の手が動いているのに気づく。ピアノの鍵盤を打つように指を踊らせていた。
聞きながら、友恵は胸が高鳴るのを感じた。
「先生、あたし・・・この歌、知ってます」
「有名な曲だからね」
「いえ、公園とか、母と散歩に出かけた時、よく歌ってくれました。母と一緒に・・・歌いました」
曲が終わる。
友恵は歌い始めた、母の思い出とともに。
♪somewhere over the rainbow
ルミが茶と菓子を持ってきた。
「あらあらら、もう・・・プロはだしの歌い手ね」
「まあ・・・良いジュディ・ガーランドのコピーだね。バックコーラスや合唱団なら使えるな。でも、ソロの歌手としては不合格だ」
門倉は肩を落とす。
「先生・・・先生は母を知ってたんですね?」
「山内豊佳さんね、知っていたよ。昔々、とある合唱団の指導に行った時、すばらしい声の子がいた。半年ほど後、また行くと、その子はいなくなっていた。落胆したものだ」
「半年後・・・」
「そして、十数年ぶりに会えたら、あの声は失われていた。悲しかったよ・・・」
「悲しかった・・・」
「でも、その子は自分の娘に声を託していた。すばらしい出来事と思った」
言って、門倉は目を閉じた。
友恵はじっと顔を見る。
と、ルミが友恵の背をたたいた。
「ももう、遅いから。さっ、おやおやすみなさい。ああ、明日からはレッスンよ」
「はい、おやすみなさい」
友恵は自室にもどる。
布団をかぶり、歯ぎしりした。門倉雄一は山内友恵の父ではないのか、それを問えなかった。
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