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「参加者の皆さん、舞台に出て並んで下さい。合格者を発表します。番号を呼ばれたら、前へお願いします」  司会の声に呼ばれて、行列の最後尾に。  100人以上が3列から4列になり、舞台に並ぶ。 「では、発表します・・・23番の方!」  きゃあ、セーラー服が列の中から両手を上げて出る。友恵は小さく拍手した。 「次は・・・79番の方!」  おう、背広の男が前に出る。 「もう一人・・・101番の方!」  誰だろう、友恵は首を傾げた。横から肩をたたかれ、胸の番号札を指された。  はい、手を上げて前に出た。  ははは・・・客席から笑いがもれる。 「以上、3人の方が合格しました。合格の皆さんは、引き続き、この後の『スター誕生』に出演していただきます」  テレビに出る・・・ポカンとして聞いていた。  合格者控え室の看板の部屋に行く。4人が待機していた。他の地区予選の合格者たちだ。  手招きされ、鏡の前に座らせられた。  テレビ出演の前に髪を整える。軽く化粧もする。  プロのメーク担当者がしてくれる。まな板の上に乗った気分で、全ておまかせ。  自分が変わっていく・・・鏡の中の自分が自分でなくなっていく、と感じた。  フロアディレクターのアシスタントが来た。ADと呼ばれる人だ。 「皆さん、ステージの裏に来て下さい。間もなく、放送が始まります」  ドキリ、胸が痛くなるような衝撃があった。  立ち上がり、ガウンをイスにかけた。  部屋を出ると、舞台の方では楽団が音合わせの演奏をしていた。  舞台中央に門が作られている。扉は無い。 「呼ばれたら、ここから舞台の方へ進んでいただきます。放送では、楽団が伴奏をしてくれます。さあ、静かにして待ちましょう」  ADは人差し指を口にあてる。友恵は頷き、口を閉じて深呼吸した。    日曜日の午前11時過ぎ、熊谷新聞販売店はのんびりテレビがかかっていた。日曜日は夕刊が無いせい。  一部の人は、新聞代の集金で出かけている。今日は店主の父が出ていた。時間に追われないから、年寄り向きの外回りだ。  テレビは時計を代用だ。『スター誕生』の次はニュースと天気予報があり、それで正午になる。  店主の熊谷翔太は新聞を読みながらセンベイをかじる。テレビは聞くもので、顔は向けない。新聞屋が新聞を読んでいないでは、町内会の寄り合いで話しがつながらなくなる。  作業場では、明日のチラシの折り込み作業が先行している。  妻の節子は家計簿に忙しい。 「入院費が・・・」  つい、唇を噛む。 『では、お名前と曲名をお願いします』 『山内友恵、回転木馬を歌います』  ぎくり、2人はテレビを見た。 「友恵ちゃん!」 「いや、名前だけだろ。眼鏡してないし・・・」 「みんな来て、友恵ちゃんよ!」  どやどや、一斉にテレビにかじりついた。音量ノブを回し、大きく鳴らす。14インチのテレビの前は、見守る顔がすし詰めになった。 ♪あの時 ずっと寂しくて 一人 夜の街を歩いた  友恵の歌が響いた。 「眼鏡とると、可愛くなるんだなあ」 「あんな服、持ってたの?」 「門倉先生が用意してくれたんだわ」  いつの間にか、翔太は正座して両手を合わせている。  歌と曲が終わった。  ほう・・・皆が吐息をもらした。 「病院で、お母さん見たかしら?」 「あの病院、入院患者が見れるようなテレビなんぞ、あったかなあ・・・」  翔太が首を傾げるから、節子は立ち上がる。 「報せなくっちゃ!」  脱兎の勢いで出て行った。 「けっ、あわてやがって。まだ予選だっての。プロの歌手になるには、次の決勝で優勝くらいせにゃ」  翔太はテレビに背を向け、茶をすする。 「オヤジさん、泣いてるんすか?」 「あほう、ちいと茶にむせただけだ」  げふっげふっ、翔太は大げさに咳をした。
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