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 12月、『スター誕生』の決勝の日。テレビ局に近いホールが会場だ。  客席にはネクタイと背広の男が多い。芸能プロダクションやレコード会社から来たスカウトたち。  友恵は予選と同じ『回転木馬』を歌った。 ♪あの時 ずっと寂しくて 一人 夜の街を歩いた  歌い終わり、ゆっくりお辞儀した。  客席が明るい、舞台ほどではないけど。テレビカメラはスカウトたちも撮っている。  友恵は馬面と猿面を見つけた。眼鏡はしてないけど、あの特徴的な顔はわかった。 「さあ、いかがでしょうか。お願いします」  司会がスカウトたちに促す。  スカウトが挙手して、契約の意思ありを示す。馬面は左右の様子を見て、最後に挙手した。  山内友恵は芸妓になれる女。唇をかみしめた。  吉原の人買い・・・娘を売った金で、貧乏な家は・・・その日の食べ物を得た。門倉の言葉を思い出した。  番組の表彰式で、友恵は準優勝だった。  終わった・・・バンドの人たちやスタッフたちに小さく会釈しながら、舞台から引き揚げる。  控え室の前に門倉とルミがいた。そして、ならんで小さな女性がいる。老人のように背を丸めているが、まだそんな年ではないはず。 「お母さん!」  友恵は駆け寄り、手を取った。あたたかい・・・血が通っている。 「病気は、退院したの?」 「先月の末にね。今は、熊谷さんのとこで・・・賄いの手伝いを」  なつかしい声が耳に帰って来た。入院中は声もかすれていたけど、少し直っている。  うん、うん、何度も頷いた。 「友恵ちゃん、まだ始まってないわ。これから・・・これから、よ」  うん、また頷いた。  少し離れて、堀越と萩本が見ていた。首をひねり、背を向けた。 「ああいう場面に割り込むのは、人じゃない」 「挨拶は明日にしましょうか」  話し合っていると、他のプロダクションのスカウトが向かいかける。  腕をつかみ、口に人差し指をあてた。  翌日、門倉の家で契約が行われた。  テレビのディレクターが門倉と共に契約の立会人となった。  母の豊佳が契約書にサインしていく。 「今回は、わたしが代理でするから。二十歳過ぎたら、友恵が自分でするのよ」  うん、友恵は頷く。  サインする書類は何枚もある。指先が震えてない、母の回復を確認できた。 「堀越芸能事務所の萩本錦一です。これから、山内さんの担当マネージャーをさせていただきます」  猿面が身をこわばらせて挨拶する。 「CBSの本多伊四郎です。山内さんのレコード全般を担当させていただきます」  こちらは岩のような直立不動で挨拶してきた。 「娘をよろしくお願いします」  豊佳は深々とお辞儀した。  夜になって、契約書を読み直した。  分かったこと・・・給料が無い!  芸能事務所の給与は歩合制だ。芸能人として活動して、事務所に入る出演料から歩合でもらえる。レコードは歌唱印税、レコードの売り上げ枚数に応じて支払われる。 「きみの歌うレコードが売れたら、わたしにも作曲印税が入る。今、門倉雄一は山内友恵に投資している段階だ」  友恵は門倉に頭を下げた。  翌朝、友恵は駅で母を見送った。 「これから、これからよ。先生を盛り立てて、がんばりなさい」  強く手をにぎられた。指先に込められた力が嬉しかった。
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