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 学校では、友恵の準優勝が話題になっていた。 「おめでとう!」 「いよいよ歌手デビューだね」  同級生が気の早い話をかけてくる。 「まだ、どうなるか。事務所と契約しても、何もせずに消える人もいるみたい」  造り笑顔で答えれば、さらに押してきた。 「歌手になったら、少なくともレコードが1枚は売れるよ。あたしが買うから」 「いえ、2枚よ。あたしも買うよ」 「そ、その時は・・・よろしく」  学校が終わると、マネージャーとなった萩本と堀越芸能事務所に行った。初の所属事務所訪問。  所長の堀越に深々と頭を下げて挨拶した。  その後、事務所のスタッフに挨拶して回る。 「あーっ、あなた!」  大声で指差された。友恵より少し背の低い子が駆け寄って来た。 「この前、スター誕生に出てたでしょ!」 「はい、大内友恵です、よろしく」 「あたしは森田雅子。あたしもスター誕生から出たの。頑張りましょう、頑張りましょう!」  満面の笑みで両手をにぎられた。  森田雅子は友恵と同い年ながら、今年の春に歌手デビューしていた。初シングルが50万枚を超えるヒットで、すでに押しも押されぬヒット歌手だ。  事務所の至る所に、森田雅子のポスターが貼られている。 「はい、それくらいにして。これからヒバリ御殿へご挨拶に行かなくては。その後は紅白のリハーサルです」  森田の女性マネージャーが厳しい眼差しをむける。 「一緒に行く?」  森田が友恵に言うと、マネージャーは首を振った。 「今日、呼ばれているのは森田雅子だけです。他の人を連れて行ったら、失礼にあたります」  じゃあね、と森田は手を振って去る。  友恵はお辞儀して返した。 「また行くのか、気に入られたみたいだなあ」  萩本が頭をかいた。 「ヒバリ御殿て?」 「美空ひばりの家だ、大きいぞ」 「紅白・・・」 「紅白歌合戦のこと。来年は、きみも出られると良いね」 「森田さん、あれに出るんだ」  うむ、友恵は頷いた。  歌手ならずとも、年末大晦日のNHK紅白歌合戦は知っている。出場すれば3年は営業で飯が食える、と言われるほどのテレビ番組だ。 「芸能界は序列にうるさい。下の者は上の人から声をかけてもらうまで待つ、ここが大事。上の上にいる人ほど、下の人には気さくに声をかけてくれる。そうして場を盛り上げる」  萩本が芸能界のマナーを語った。 「ワンマンショーの座長を務めるような人は、異常なほど記憶力の良い人がいてね。大昔に舞台が一緒だった下働きの人まで、あの時は世話になった、とか言って一目で再会を喜んだりする」  へーえ、友恵は頷くしかできない。
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