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熊谷新聞販売店の店主は驚いた。
新聞配達は重労働、男を募集しているつもりだった。中学生以上と書いたが、女の子が応募してくるとは想定外だ。
「お願いします、働かせてください!」
友恵は大声でたのみ、頭を下げた。
「女の子には無理よ」
販売店の女将・熊沢節子は首を振る。
「お願いします、何でもします!」
友恵は重ねて頭を下げた。
「なんか、のっぴきならない事情がありそうだ」
店主の熊谷翔太は太い腹をなでて言った。
「は・・・母が病気なんです。病院へ行かないと・・・でも、お金が無くて・・・お願いします!」
「病気だと?」
熊谷は友恵の顔をのぞきこむ。
熊谷は友恵と小料理屋に行った。月に何度か行く店の一つだから、店主とも顔なじみだ。
2階に上がり、豊佳の様子を見た。
「新聞の配達中に倒れたやつを知ってる。こいつは急ぎが必用だ」
熊谷は店主にタクシーを呼ばせた。
その車で病院に。まず、点滴が始まった。
「手遅れになる寸前でした。入院は長くなるかもしれません」
医者の診断は冷い。
熊谷はベッドの豊佳に語りかけた。
「娘さんは、うちに住み込みで働いてもらう。入院費は給料の中から、少しずつ返してもらうから」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい」
母の声は途切れがち、友恵には悲しかった。
熊谷は友恵の背をたたく。
「さあ、明日の朝から、いっぱい働いてもらうぞ」
「お願いします」
友恵は母の分も頭を下げた。
その日のうちに、小料理屋の2階を引き払い、新聞販売店の寮へ引っ越した。
夕食の時、店のみんなに紹介された。
「大内友恵です、よろしくお願いします!」
拍手で迎えられた。友恵より一歳上の男の子もいた。中学生の新聞配達は珍しくない時代だ。
「また・・・お父さんの世話焼きが始まった。今回は下心がまる見えよ」
「すまねえ、かくし事ができないたちで」
女将と店主の言い合い。いつもの事らしい。
お椀に山盛りのご飯がきた。
遠慮がちに食べると怒られた。
「もっと食え! 新聞配達は力仕事、重い新聞を担いで走るんだ。いっぱい食わなきゃ、仕事にならんぞ!」
ご飯も味噌汁もオカズも・・・以前の3倍の量を腹に入れさせられた。最期の方は、涙で口に押し込んだ。
お腹が痛くなって、ばったり体を横にする。後片付けもできない。
「おかわり、と言えるようになったら一人前だ!」
わはははっ、皆に笑われた。
店主と女将の太い体の理由がわかった気がした。
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