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 いやいやながら中学に行く。  同級生の男の子に言われた。 「おじいちゃんが・・・最近さびしがってる、きみの歌が聞けないと」 「ごめんなさい、でも」 「事情は知ってる。で、おじいちゃんが勧めてきた。きみの名前を教えたら、勝手に申し込んでいたみたい」  チラシを見せられた。  のど自慢の開催を報せるチラシ。テレビが主催するよう。 「抽選だけど、参加できるなら、きみの所に報せが行くはず」  販売店に帰ると、テレビ局から手紙が来ていた。抽選に合格したのだ。  躊躇していると、店主に拳で勧められた。 「ぜひ、行きなさい! 熊谷新聞販売店の名誉にかけて!」  妙な重荷が課せられた。  7月、朝から汗ばむ季節だ。  のど自慢の当日、会場へ学校の制服で行く。  受付で、当選の手紙と自己紹介の要旨を書いた紙を渡す。歌う曲名、名前、生年月日、年齢、住所、学校、両親の名前・・・父の名は空欄、母の山内豊佳だけを書いた。  作曲家・門倉雄一は審査員席でアクビしていた。気分転換をかねた小旅行、ついでに隠れた逸材発掘・・・のつもりが、出て来るの河原の石ころばかり。  次の出場者の書面をめくり、当人の名より親の名に目をとめた。  山内豊佳・・・同姓同名はよくあること。首を傾げつつ、ステージに目をやった。 「次、101番の方」  司会に呼ばれ、友恵は舞台に進む。  あがっているのが自分でも分かる。足がもつれそう、息も苦しい。 「お名前と、歌う曲をお願いします」  マイクから1メートルは離れていた。でも、足が前に出ない。  深呼吸して、配達中の声を思い出す。 「101番、山内友恵、新聞少年の歌、歌います」  伴奏のアコーデオンが鳴り始める。奏者の名は千堂秦夫、その名のごとく千の曲を楽譜無しで弾けると云われるベテランだ。 ♪ぼくのあだ名を知ってるかい 朝刊太郎というんだぜ  マイクなど関係無い、この頃は歌えてなかった鬱憤を爆発させた。  歌い終わり・・・深呼吸した。  会場のどよめきが耳に入ってきた。  アコーデオンの人を見れば、声をおさえて笑っている。 「いやあ、今日の大声一番が出ましたね。だいたい男の人だけど、女の子がやるとは」  司会は片耳をおさえて言う。  審査員席で初老の男性が手を上げた。 「きみ、いつも・・・そんな大声で歌っているの?」 「は、配達中は走っているので、少し声は低くなってた・・・と思います」 「本当に新聞を配達してるんだ。きみの配達区域では、目覚まし時計いらないね」 「言われたこと、あります」  会場から笑いが起きる。  ふうふう、息を落ち着かせていく。  歌えるだけ歌った、ちょっぴり満足した。  全員が歌い終わり、審査結果の発表へ。 「本日の合格者は、テレビ『スター誕生』に出演していただきます。まず、42番の方。そして、77番の方。おめでとうございます!」  呼ばれた2人が舞台中央に立つ。  ファンファーレが鳴り、賞状と賞品が2人に贈られた。
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