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今の学校は1学期だけ、9月の2学期からは門倉の家近くの中学へ転校と決まった。
学期の終業式で転校のあいさつ、同級生たちに別れを告げた。
学校帰り、また病院に行く。
「お母さん、門倉先生のこと・・・前から知っていたの?」
「ええ・・・昔、務めていた工場に合唱団があって。そこへ・・・指導に来て・・・」
母の口が止まる。
「皆で撮った・・・記念写真がアルバムに・・・そんな先生が・・・わたしを訪ねて来て下さって・・・ああ、息が止まりそうに・・・」
くすっ、母が笑うから、娘も笑顔になる。
豊佳は布団から手を出し、友恵の手をにぎった。
「門倉先生は・・・音楽の世界では、まだ、大家と言われるほどでは・・・あなたが先生を支えて・・・あなたが盛り立てて・・・先生を・・・ね」
ぎゅうう、にぎる手に力がはいる。
うん、友恵は頷きを返した。
新聞販売店の寮の部屋、山積みになっていた母の荷物をほどいた。
「あった」
アルバムを見つけた。ページをめくれば、母の若き日の姿が。
「これ・・・」
工場の集合写真がある。若い女工たちが並んでいる。中央のおじさんは・・・工場の責任者か。左端に立っている男性は門倉雄一だ、まだ頭髪が黒々している。母の姿を探せば、右端の後列にいた。
左端と右端、意味ありげな位置と思えた。
右下に日付がある、撮影日だろう。友恵が産まれる前年だ、誕生日の九ヶ月と少し前の日付。
まさか、まさか・・・
母の口から父のことを聞いてはいない。いつ知り合い、いつ別れたのか・・・そもそも、結婚したのか・・・何も知らない。聞いてはいけない、と思うようになっていた。
実は、山内友恵の父は・・・
「まさか・・・よね」
友恵は自嘲して、アルバムを閉じた。
翌朝、友恵は駅に向かった。手にはカバンがひとつだけ。
熊谷夫妻が一緒に来た。
「お母さんの事はまかせてね。がんばりなさいよ」
女将が実の母のように言う。
「母のこと、よろしくお願いします。どうも、お世話になり」
あいさつの途中で、熊谷は友恵の頭をたたいた。そして、首を振る。
じっと目を見て、口を開いた。
「さあ、行ってらっしゃい」
「はいっ、行ってきます!」
友恵は手を振り、改札をくぐった。
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