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3.
列車は県の境を越える。
友恵には初めての長旅、ついでに初めての一人旅。カバンを抱えて、知らない人たちと席に座っていた。
国鉄から私鉄へ乗り換え。
ちょっぴり田舎な感じの駅に降り立つ。
駅のベンチで弁当のお握りを口に入れた。水筒の茶を飲んで、立ち上がる。
メモを片手に、駅員に道を聞いた。
坂を上がり、駅を見下ろす道を行く。
大きな木に囲まれた家がある。表札は『門倉雄一』だ。
生け垣の塀、門は無い。庭で女性が掃き掃除をしていた。母と同じくらいの年に見える。
「い・・・い、いらっしゃい」
女性のほうが友恵に気づいた。じっと見て、にっと笑う。
「あ、たなたね。あ、新しい練習生は」
「山内友恵です、よろしく」
「か、家政婦の・・・の、只野留美・・・ルミと呼んで。こう見えて、むむむ、昔は歌手してたんだ」
ルミの語りは、よく言葉がひっかかる。何かの病気だろうか。
「練習生は他にも?」
「す、住み込みは・・・あなた、だけ。ほ、他の子は・・・通い」
ルミに導かれ、家の中へ。
一番大きな部屋は音楽室。グランドピアノが置かれ、大きなスピーカーがレコードプレーヤーにつながっている。棚には本とレコード盤がびっしり。
チェロを弾く青年がいた。高木と言うらしい。
「良い楽器を買ったら、アパート代が無くなって、ここに転がり込んだ」
飯を抜いても音楽にのめり込む男らしい。
四畳半の部屋に3人で住む男たちもいた。リーダーは宇崎と言う。大きな楽器を持ち込み、残るわずかな隙間に体を曲げて寝ている。
「住み込みでやってたミュージックホールが倒産して、先生の世話になってる」
音楽バカの巣窟みたいな家だった。
夕刻近く、門倉が自転車で帰って来た。
遠くない所に映画会社の撮影所があり、そこで打ち合わせだったらしい。
夕食、家の者たちが食卓に集合した。
「山内友恵です、よろしくお願いします」
大声でお辞儀した。
「お椀がひっくり返るかと思った・・・」
「天井、大丈夫かなあ・・・」
皆があきれた。
門倉だけは笑っている。
「この子はジュディ・ガーランドみたいなんだよ」
「じゅ・・・で?」
「ジュディ・ガーランド、アメリカのミュージカル映画のスターだ。小さな体で、声は撮影所で一番大きい、と言われたそうだ。後でレコードを聴かせてあげよう」
食事が始まり、友恵は食卓に人が足りないと感じた。
「先生、あの・・・奥様とかは?」
「ただ今、別居中です」
「べっきょ?」
給仕をしていた家政婦のルミが、ぴょんと門倉のひざに腰掛けた。
「で、ああたしが・・・か、家政婦で、ついでに妾、ね」
「めかけ!」
友恵は箸が止まった。
「わたしの場合、幸福感は創作のジャマになるんだ。妻と別居することで少々の不幸を感じ、ルミくんを妾にするひとで少々の罪悪感を胸にして、音楽の創作をしているのさ」
「そーさく・・・」
友恵はご飯をおかわりした。居候で遠慮がちな男たちより多く食べた。
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