1、絶対

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砂浜へ散歩に出かける。  少し冷たくなってきた風に吹かれるまま、気の向くままに二人で喋りはじめる。 「この波にはどんなものを見るんだ? 」 「エクマンの螺旋」  横を歩く彼の足がぴたりと止まる。 「清々しいほど何を言っているのかわからないな。分かりやすくいってくれよ」 「小さい頃ね、素数を数えていたの」 「数をだんだん足していって、偶数や割り切れる数を除外していくあれか? 」 「そう」 「そうしていたら、偶然ラウムの螺旋というものを本で見たの。  その図はまるで回転したがっているように見えたの」 「どこかでこの図に見覚えがあった。  台風や大気中の空気の流れである風や海水の流れを示すものなの。  海流など大規模な運動では、その影響を大きく及ぼすコリオリ力の図にとてもよく似ていると感じた」 「調べていくと、エクマンの螺旋というものも存在する。  この2つに共通するのは45度の斜線なの」 「自然の中に規則的な45度の法則が見え隠れしているって言いたいのか? 」  少し先を歩く茉莉花が振り向くと、笑顔で答える。 「きっとそうなんじゃないかな」 「なぁ、頭の中そんな事ばっかり考えると疲れるぞ? 」  半ば呆れ気味な声でそういう。  二人の歩いて残してきた4つの足跡をふと眺める。  一番星が紫の空のベルベットカーテンに輝き始める。  波の色が藍色に変わり、風が冷たくなる。  時間の移ろいを感じる。  風が新たな人生の展開を呼んでいる。  この風に乗れと言わんばかりに。 「そうなの。でも閃きを繋いでいけばいくほど何かの答えが偶然にもある」 「もっと単純な事から複雑な事象まで、世界は見えないWi-Fiのように引き合い繋がっているの。  自分にはどんな記号が付いて何を意識にのせると、どんな現象が繋がるのかな? 」 「まんまと俺という記号が繋がったわけか」    茉莉花は、その意味を理解しまっすぐに怜司を見つめると、形の良い赤い唇から一言ポツリと放つ。 「そう、強烈な引力で私をこの世界に引き戻しに来た」  この見つめ合う時間にもう言葉はいらない。  何分くらい時間が止まったように感じただろう。  少なくとも星の瞬く数は増えている様に感じる。  ふいっと目をそらしまた前を歩き始める。  怜司から見た茉莉花の姿が遠ざかる。  不思議な少女が、自分からふいに離れてゆく不安が脳裏をかすめる。  おもわず彼女の後ろ手を掴む。  綺麗な鼻筋が見える角度に来た。  茉莉花が顔を向けてくると同時に、そっとキスをする。 「斜め後ろ45度からのキスね」  そう彼女は楽しそうに笑う。  どうしてキスをしたのかはわからない。  けれど、互いに嫌ではない事に安堵を覚えた。  唇の熱で互いの心の温度を近づけてゆく行為だと感じている。    そうして、隣に並びながら話し出す。 「私のファーストキスだったんだけどな」 「え? もう17だろ? おせーよ」  そう言って笑いだす。 「そんな反応されてもったいないな。まぁロマンチックだったから許すかも」 「それはそれは、もったいないお言葉です」  そう彼はふざけて返す。   「そんな事、微塵も思ってないよね? このあとどうしようとかすでに考え始めているでしょ? 」  そんな男の下心を既に見抜き、試して遊び始める。  それを察した怜司は、 「次は何の法則を教えてくれるか次第だな。次はもっと舌入れてテクニックを駆使してやるぞ? 」 「そんなのいらない」  そう茉莉花は笑いながら答える。 「まぁ、大事にしろよ、自分を」  そういうと柔らかい足取りで、二人の足跡が砂浜から帰り道へと続いてゆく。
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