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そんな上質な大人の空間に、この田舎の島育ちの私が、今このホテルに潜り込んでいる。
普段は外から眺めているだけの場所なのだ。
自分の生活とは直接関係がなく、いわば高嶺の花のような建物なのだ。
一度探検したいとの誘惑は心の中に常にあった。
だが、こんな形で叶うとは思いもしなかった。
「茉莉花、行こう」
そう促され、この部屋の一室に、先程の男と忍び込む決意をする。
いや、正確にはそうでなくとも、私の気分ではそんな感覚なのだ。
2人で白い壁の回廊をのぼっていくと、重々しい深緑のドアが目の前にある。
このドアを開けると、きっと私の人生は変わってしまうのだろう。
今から起こる事は、夏の冒険だろうか。
一夏の大人の経験ともいう秘めた情事たるものなのかも知れない。
「入れよ」
そのまま、ドアの前でたたずんで考え込んでいると、その迷いを見透かされているかのように声がかかる。
逃げる隙を与えない男が、蜘蛛のように糸を吐きかけていく。
じわじわ身動きが取れないように、誘惑と言う糸で私の体を巻き付けていくかのようにも感じる。
一方では、この人と繋がってみたいという衝動的な気持ちが暴れ出しそうだ。
思い切って部屋の中に踏み込み、視線を漂わせる。
室内には、堂々と若草色の大きなシングルベッドが横たわっている。
枕が2つ置かれているのが妙に生々しいと感じる。
今更かもしれない。
もう自分はここまでついて来てしまったのだから。
そうして、いとも簡単に田舎の女はこの都会から来たであろう洒落た男に抱かれるのかもしれない。
そう想像していると、この男が缶のアイスコーヒーを冷蔵庫から取り出す。
私めがけて投げてよこし、ソファーに座るように指図する。
座ると、彼から一言放たれたこの言葉。
「俺は未成年抱くほど飢えてねーよ。でも、あんたの様子がなんか気になるんだ」
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