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自分が描きたいものを描く画家のぼくも、やりたい事をして好きな世界で生きるぼくも、いない。父が丁寧に水を与えて育てて来たのは、若草幽玄になるぼくにだけだった。それ以外のぼく(可能性)はすでに間引かれている。 やりたい事も、描きたい絵も、生きたい場所も、会いたい人も、何もない。 ぞっとするほど空っぽだった。 ぼくが若草幽玄でなくなったら、ぼくは何ものでもなくなってしまう。 父が作り上げたものを死なせないため、それだけのために生きているのだ。 それしか知らない。 空洞に陰々と響き渡ったものが頭蓋骨の内側で暴れ回る。 「いまさらどう生きろと!? この生き方しか知らないのに!」 彼女を力いっぱい突き飛ばす。 喪服姿の彼女は背中から階段を落ちて行った。 数十段のコンクリートの階段を一番下まで転がり落ちて、力なくごろんと横たわった。乱れた髪が顔を覆い、頭の下からじわじわと赤いものが広がっていく。
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