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アトリエを備えたぼくの家は海に面した山の上にある。
最寄りの街からいくつかの山を隔て、昼夜問わず静かな場所だ。父が死んでからは独りで暮らしている。限られた人間しか訪れない、陸の孤島のような場所だった。
「もう少し明るい色を使ってみてはどうかな?」
質の良いスーツを着た老紳士は、キャンパスを見て眉を持ち上げた。打ちっぱなしのコンクリートのアトリエに声が響く。
「でも、父なら、ここはこの色を使います」
「お父上は案外遊び心のある方だったよ。ここで敢えて別の色を使うこともあるだろう」
ぼくはため息を堪える。筆とパレットを机に置いた。
老紳士は父のマネージャだった。父が若いときから付き合いがあり、ぼくが生まれるまえから若草幽玄を知っている。
「それはぼくの知る父ではないですね……」
小さく呟く。背中を丸めてイスに座ると、マネージャーの声は壁の方から聞こえてくる。
「きみは自分の絵を描くつもりはないのかな」
男が眺めているのは壁に立掛けられたキャンパスだった。絵の練習に使ったいくつものキャンパスが無造作に重ねて置いてある。
これまでも同じ質問をされてきた。彼は父の願いも、ぼくが背負うものも知っている。そのはずなのにそんなことを聞いてくるのだ。訳が分からない。
「お父上から教えられたもので、自分の絵を描いてみるのはどうかな? 私は興味があるし、人を惹きつけるものがあると思うよ。少なくともゴーストでいるよりは健全で、きみ自身のさらなる成長に繋がるだろう」
ぼくは沈黙を選んだ。
しばらくして老紳士はアトリエを出て行った。
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