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窓辺にイスを置いて外を眺める。屋敷をあとにしたマネージャーの車が海沿いの道を下っていく。黒い車体は木々に紛れて見えなくなった。眼下に広がる緑が晴れた空のもと揺れている。
遠くで何かが爆発したような音がした。空気が震え、窓が揺れる。
海のほうから黒煙があがった。
ただ事ではない黒々とした煙。
父が好んだ暗い色だった。
しばらくの間、何も考えずにその色を眺めていた。
日が傾きはじめたころ、アトリエに友人が現れた。物陰に潜むような濃緑色のウィンドブレーカーを着ていた。
「車は崖から落ちて海に沈んだよ」
友人は何でもない事のように言った。
「うん。ありがとう。……汚れ仕事をさせてごめん」
ぼくの小さな言葉を受けて、彼はふっと笑った。
「慣れているから気にしないで」
昔から、父を訪ねて来た同業者やライターが気づいたら屋敷から消えていたことがあった。駐車場に彼らの車だけが残っていて、そのうち車もなくなっている。
薄ぼんやりと気付いてはいた。父は活動の邪魔になる人間を消していた。
友人は後始末を任されていたのだ。
「青い蕾が健やかに育つように環境を整えているだけだから。むしろ光栄な仕事だよ」
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