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冷たい雨が降っている。あたりの森は夜の闇に沈んでいて、深々(しんしん)と雨音が囁いている。 空っぽなこの身体に何かを詰め込まなければいけない。 ぼくはその一心で、墓から父の骨壺を取り出した。 小雨が降る真夜中の墓地で独り、父だったものを口に運ぶ。 小さな欠片が舌にのる。それらは溶けることもなく、いつまでも口の中で残り続けた。粉状の骨が口腔内に広がり、砂利を噛むような不快感があった。(いぶ)された煙みたいな味がして、ほんのりとしょっぱい。 自分の胸が空っぽなことが怖かった。 ぼくはぼくの空洞に父を詰め込む。 若草幽玄であるために、若草幽玄の骨を食う。 いつの間にか、ぼくの前には友人の姿があった。 滴が雨合羽を叩く音がする。彼はところどころ泥で汚れていた。画商の死体を埋めてきた足で来てくれたのだろう。 泣きながら遺骨をしゃぶる、ずぶ濡れのぼくのそばにしゃがみこんだ。 「ほら、いっぱい食べてね」 そう言って、骨壺から取り出した骨をぼくに差し出した。 友人は目を細めて笑っている。それは膨らんでいく蕾を見守る慈しみの微笑みだった。 ぼくを見つめるその瞳は、父が描いた絵のように仄暗く、鈍く光っていた。 了
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