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父は絵のなかで生きている。 喫茶店には父の絵が飾られていた。冬の早朝を思わせる仄暗い油絵だった。ぼんやりと眺めていると、向かいに座っている友人が話しはじめた。 「同物同治(どうぶつどうち)って知ってる? 薬膳の考えで、内臓が悪かったら鶏や牛や豚などの同じ部位を食べて治そうねっていうやつ。じゃあ、素晴らしい絵を描く画家の腕を食べたら、もっと良い作品が描けるってことにならない?」 昼下がりの陽射しが大きな窓から差し込んでくる。目が痛くなるほど眩しかった。 「……父さんの腕を食べればいいってこと?」 「もう燃やしちゃったから、この場合は骨かなぁ」 光に照らされた友人はさわやかに笑っている。 「父さんの骨」 去年死んだ父は画家だった。雅名は若草幽玄(わかくさゆうげん)といい、誰もが知るというほどの知名度ではないが、熱狂的なファンを持っていた。 父には願いがあった。自分が死んでも画家の若草幽玄は死なせない、というものだった。だからぼくは物心がつく前から筆を持たされて、父と同じ絵が描けるように育てられた。 父の願いは叶った。 若草幽玄はいまなお作品を生み出している。 父の死を知っているのは、昔から付き合いのあるマネージャーや画商などの数名だけだった。 「最近ちゃんと眠れてる?」 友人はアイスティーをストローでかき混ぜながら訪ねてきた。氷とグラスが触れ合って軽やかな音がしている。 「周りの言葉がやけに耳に残るんだ。たまに、どうすればいいのかわからなくなってくる」 ぼくは手元のコーヒーを見下ろす。口をつけないまま、温くなっていた。
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