堕天使の正義

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 病院には寮もあるし、緊急出動なんて日常茶飯事だから夜勤専門の私はむしろ自宅に戻る方が不便ではあるのだが。  それでも週に1、2回は病院からのバスで駅まで行き、そこから電車で15分のマンションまで戻るようにしている。  理由は、単純に息抜きだ。 「あ、帰ってたか」  玄関に大きな黒い革靴が無造作に置かれていた。ハの字になっているところを見るに、揃える気力もなく部屋に上がったのだろう。 「ただいま、利斗(リト)。今帰ってきたところ?」  『同居人』は金色に染めた頭によれた黒スーツ姿のままぐったりとソファーに大きな身体を横たえていた。 「うん。多分今日は梨里湊が帰ってくると思ってたから。顔だけ見て風呂入って寝ようと思って」  気だるそうに身体を持ち上げ、その場で服を脱いでいく。ジムで鍛えてある低脂肪で細マッチョな上半身の筋肉が露わになる。は彼の大事な商売道具だ。 「寝る前に月例の採血だけするけど、それ以外は求めてないわよ」 「強制採血って何だか吸血鬼みたいだな。つーか『それ以外』の体力なんてあるわけないよ。とにかく寝たい」  ポーチから出す採血キットで手早く彼の左肘内側に針を差し込む。 「大丈夫? 痛くない?」 「ああ。けど、なるべく優しくしてよ。怖いからさ」  普通のカップルとは真逆の会話が何だか可笑しい。黒い血液でプラスチックの小瓶が満たされれば、私の『吸血』は終わり。 「先月、またガンマGPTの数値が上がってたよ。そろそろヤバいって。今回の測定で120を超えたら首に縄つけてでも入院させるから。覚悟しといてね」  ガンマGPTは肝臓の状態を測る指標だ。正常値は50ぐらいで、100を超えるのはレッドゾーン。 「しゃーなしだよ。何しろホストってのは『飲む』のが仕事だし。太客相手に烏龍茶って訳には行かないしさ」 「売れっ子は大変よねぇ」  『イーフリート』という源氏名でホストをやっている同居人とは1年前に駅前で出会った。専門学校卒業と同時に家出同然に地元を離れたものの行く宛もなく呆然としていたのを、私が『拾った』のだ。  『オレ、頭悪いしモテることしか特技がねーから』と言って、彼は地元の小さなホストクラブで働きだした。『無理しなくていい』と言ったけど、『ヒモは嫌だ』と言って聞かなかった。  私も彼も『夜の仕事』だから生活リズムはある意味同じと言っていいかも知れない。僅かな時間だが、こうして仕事ととも親族とも無関係な相手との他愛のないやり取りに心が休まる。  ここでの私は『伊達さん』や『リリス』に変身しなくていいのだから。
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