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次の日の夕方、私は利斗とともに駅に向かって歩いていた。いつもは私の方が早いのだが、利斗が『寄りたいところがあるから』と一緒に家を出たのだった。
「陽が落ちると流石に冷えるなぁ」
利斗がスーツのポケットに両手を突っ込んでいる。
「……11月だからね、もう」
特に感傷はない。仕事場につけば何時だって温度は快適に保たているから季節感が薄い。
「で、何処へ寄るって?」
利斗に尋ねると、彼は駅前の商店街にある一件の綺羅びやかな店をおずおずと指さした。……そこは、宝石店だった。
「……え?」
一瞬、意味が分からなかった。
「金、そこそこ溜まったんでホストから足を洗おうと思うんだ。何とかGPTとかって数値もヤバいんだろ? だから真っ当な職に就くよ」
そんなことを考えていたなんて。そして。
「それと俺、これを機会に梨里湊に言わなきゃいけないことがあるんだ。だから、一緒にきて欲しい」
ちょっと気まずい雰囲気に顔を真っ赤にさせるのが可愛くて愛おしい。
「……たく。ちょっとは匂わせてからにしてよ。心の準備ってもんがさ」
「ごめん」
どきまぎし過ぎて心拍がヤバい。今測定したら間違いなく精密検査行きになるだろう。
目尻に浮かぶ涙を拭おうとした、その瞬間だった。
「危ないっ!」
中年女性のような声だった気がする。振り向いたらそこに、銀色に輝くトラックの正面グリルがあった。辺りから聞こえる悲鳴。
「あ……これは終わったかも」
そう思った、そのとき。
ドン!
物凄い力で突き飛ばされ、私の細い身体は派手に転がった。
「きゃぁぁ!」
誰かが叫んでいる、その先で、トラックは宝石店の正面に全力で体当たりを食らわしていた。
「り……利斗ぉ!」
慌てて黒スーツ姿を探す。私を突き飛ばしたのは、間違いなく利斗だったはずだから!
「り……」
原型を留めないほど砕けたトラックの下に、見慣れた黒のスーツがある。下敷きになってるのは間違いない。何とかして助けないと。私はこれでも看護師なんだから!
だが何処かでぶつけたらしく足に力が入らない。そこへ救急車とパトカーのサイレンがけたたましく鳴り響いてきた。
「要救助者1名発見! 引っ張り出します!」
オレンジの制服を着た救急隊員たちが手際よく利斗の身体を引っ張り出している。
「私、その人の同居人です! 同乗しますから!」
慌てて名乗り出て救急車に無理やり乗り込む。今は一瞬でも早く彼を病院に連れていかないと!
「国立病院までお願いします。今日は翌檜という医師が待機している筈なので」
全身血まみれで物も言えない彼を救うには自分のホームグラウンドに持ち込むしかない。あそこなら、優秀な外科医が山程いるのだから。
救急準備室への搬入を見送ってから、私は早々に更衣室へ飛び込み、緑の術衣に着替えを済ませた。そして「第三手術室です」という声を後ろに、痛む足で利斗のもとへ飛び込んだ。何かひとつでも手助けをしないと!
だがそこに見えた光景は。
「心臓、Aプラス!」
「胃、Bマイナス!」
「肺、双方ともAプラス!」
始まっていたのは『治療』ではなく『解体』だった。
「すまない。首から上は『D判定』だった。後は時間との戦いなんだ」
背後から、翌檜先生が私の肩をぽんと叩いた。
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