その女が様子を見に来たのはただの気まぐれだと思った。しかしそいつは俺を軟禁する部屋に毎日通った。
「凛、起きて。いい天気だよ」
いつしか親しみを込めてか、俺は「凛」と呼ばれていた。それは兄貴に呼ばれていたあだ名だった。
優しかった兄貴、自慢だった俺の兄弟。けど“シンデレラ”なんて呼ばれる女のせいで灰になった。
だから目の前にいる女を死ぬほど憎まなけりゃいけないはずなのに。
「凛、甘いものは好き?」
「……え?」
「ケーキ作ったんだけどね、志勇そんなに甘いもの得意じゃなくて、余っちゃったの。
でも組員さんにあげようとしたらだめっていうから。わたしが食べたことにして、こっそりもらってくれない?」
「あ、はい」
「ほんと?ありがとう」
どうして心から恨むことができないんだろう。シンデレラなんて、荒瀬の若頭に気に入られたのをいいことに、自分勝手なことをする女だと思っていたのに。
無償で世話を焼いてくれるこの人に、俺はいつも逆らえずにいた。
その人が部屋に来ないときは、時計と汚いソファーしか置かれていない殺風景な部屋で無心に過ごした。
無心に、といってもなり切れるはずがない。無意識の内に過去という暗闇に飲まれてしまうこともあった。
俺は神木会の次男として産まれた。生活には特に不自由なく育った。家が極道だということを除けばごく普通の家庭だった。
無口だけど愛情深い父親がいて、朗らかで底抜け明るい母親がいて、優しくて頼りがいのある兄がいる。
こんな家族を俺は好きだった。極道の世界がどんなに過酷なものかも身に染みて分かっている。それでも俺はこの世界で生きるつもりでいた。
“シンデレラ”が現れるまでは。
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