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#3
暗い屋根裏部屋の空気は、霞がかかったように濁り、視界を狭めていた。
しかし、時間をかけ、ゆっくりとだが辺りの様子がわかり始める。
私たちは幸運にも、崩れた柱の折り重なる中に偶然できた小さな空間にいて命拾いしていた。
奇跡だと思った。
30センチもズレていたら、私たちは、柱の下敷きになり、事切れていたかもしれない。
「ハルちゃん、ちょっと手を貸してくれる?ひとりじゃ起き上がれないの」
起き上がりたかった。
彼女は小さく頷く。
「ハルちゃんの体につかまるから、痛ければ痛いって言ってね」
わかった、と彼女は言って、健気にも口を真一文字に結ぶ。
少しでも脚を動かずと、悲鳴をあげるほどの痛みが全身を走った。脂汗が全身を滴る。
それでも私は上体を起こした。背中を背後の壁に預け、荒い息を吐きながら、ありがとうねと、ハルちゃんの頭を撫でた。
口の中に血の味がした。唾を溜め、横を向いてそれを吐く。床に、血痰がベタっとついた。口の中が切れたのだろうか。血痰を吐き出し切るまで、私はそれを何度も繰り返した。
ハルちゃんが不安な目をし、ひざまずいて私を見る。
「ハルちゃん、ギューしよっ」
と、私は言った。
こんな恐ろしい体験は、3歳児にはあまりにも過酷過ぎる。しかも大好きなママと離れ離れで、初対面の私しかいないのだ。
そっと私の太ももにハルちゃんは座る。首に手を回すと、自分の顔を私の頬にぴったりとくっつけてきた。
そして、身体を震わせ、シクシクと泣き出す。
私は彼女の背中を撫でながら、頑張ろうね、頑張ろうねとバカのひとつ覚えのように繰り返すしかなかった。
私の両脚を襲ったのは、大黒柱だった。大黒柱を失った家が倒壊するのは、しごく当然だ。私の脚は折れている。いや、潰れていると言ったほうが正しいかもしれない。
車椅子の自分が頭に浮かぶ。
目の前が真っ暗になった。私は仕事を失い、普通の社会生活さえ困難になるだらう。
受け入れ難い運命を私は呪った。
なぜ、なぜ私なの、と。
いや、それより階下にいたハルちゃんのおかあさんとおばあちゃんが気がかりだ。
この家はおそらく、1階、2階を押し潰すように倒壊した。
この屈強な家が潰れたということは、それほど大きな地震だったということだ。しかも、ここは町から離れている。途中の道は細い一本道だ。倒木していたり、土砂崩れが起きていれば、救助隊がここには簡単には近づけない。水も食糧もない。私の腕の中には、3歳の子どもがいる。もう一度、大きな余震があれば、重い屋根は揺れに耐えられず・・・。
そこでは思考を止めた。
私にはペシミスティックな一面がある。
生育環境というより、持って生まれた気質のようなものだ。
いつもマイナスのことばかり考え、そのために前へ踏み出す1歩が出ずに、後悔することが多かった。
しかし、いまこの状況で生き延びるには、希望を持たなければいけない。希望があることを確信し、何かをすべきなのだ。
しかし、なにを?
私は動けないし、ハルちゃんはまだ3歳だ。部屋はいまにも倒壊しそうだし、救助隊の声もしない。
見上げると、壊れた屋根の隙間から、夕暮れのオレンジ色の空が見えた。こんな時でも、空は美しいんだなと思った。やがて空は紺色になり、夜空になれば、救出はさらに困難になる。
「ママにあいたい・・・」
耳元で、涙声のハルちゃんがつぶやく。
そうだ、私はこの子を守らなけばいけない。絶対に生きてここから出て、ハルちゃんはママの胸に抱かれなければいけない。
もう2度と、
私は小さな命を失ってはいけない。
もう2度と・・・。
胸に刻んだ烙印が、疼いた。
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