ギムレット

1/6
前へ
/20ページ
次へ

ギムレット

◆ 「いらっしゃいませ……… って、今日もアナタですか」 「こんばんは。 今日も今日とて寂しい店ね」 「週末は賑わうんですけどねぇ。 アナタがこーへんだけで。 ……いつものですか?」 「そう。あの、味のない"ギムレット"」 「そない文句言うなら、 別のんにしはったらどうですか」 「褒めてるのよ。あの丁度良い薄さ。 神がかってるとしか思えない」 「……今度ベース抜いてみたろかな。 はい、どーぞ」 「知ってる?今日でちょうど1年」 「え、うそやん。もうそんな経ちますか」 「記念に、私がこのbarにたどり着いた話でもしようか」 「いや、十分聞いたんでもうええです。 3年付きおうた彼氏に捨てられて、 この街に逃げてきたなんて話」 「そうそう。 でも、どうしたって虚しくて。 酔い潰れるためにドアを開けたのに。 この儚い薄味が、それすらも許してくれなかったの」 「擦りすぎて、なんの記念にもならんな」 「ここに来ると、いつも君が居たわ」 「だから。俺しかおらへんのですって。 ワンオペ店長なんでね。……雇われやけど」 「ほんと、いつまでも洗練されないのね。 普通は『マスター』って言うんじゃないの?」 「俺に似合わんでしょ。そんな小洒落た肩書き」 「で?恋人とはどう?」 「恋人ちゃうって言うてるやないですか。 ………まだ」 「諦め悪いね、君も」 「それはアナタでしょ。 いま飲んでるソレ、もはや鎖やん」 「痛いなあ。もうちょっと気遣ったりできない?」 「そんなん求めてないくせに」 「嘘。 本当はわかってるよ。 このグラスに入ってる優しさ」 「………さいですか。 他のん頼む気になったら言うてください。 おすすめは"ブルー・バード"」 「もちろん。そんな日が来たらね」 ◇
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加