居場所

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居場所

「え……?」  面食らって少しだけ顔を上げるアベルに、セシリーナはそのまま彼の頭をなで続ける。 「よしよし、いい子いい子。アベルがずっとひとりで努力し続けてきたこと、私は知っています、もちろんケルヴィンもね。私たちは、聖騎士のアベルじゃなくてアベル自身が好きで、私たちは友だちになったでしょう? だから、私やケルヴィンの前でだけは、アベルが自分らしくいられたらいいなって思います。だって、もうどんな情けないアベルのことも、私たちは見て知っているんですから!」  立派な聖騎士として着飾って振舞っても無駄ですよーっと、セシリーナは歯を見せていたずらっぽく笑ってアベルに言う。アベルはびっくりして目をぱちぱちしながらセシリーナを凝視する。今後は耳まで真っ赤になりながら顔を両手で覆った。 「あーっ、なんなんだよ、おまえって本当にかわいいな!」  え、……えっ!?  急になにを言い出すの、とつられて顔を赤くするセシリーナの腕を、彼がしっかりとつかんだ。夜の闇に映える彼の煌めくような赤い瞳が、熱をはらんでこちらを見つめている。 「おまえにひとつお願いがある」 「は、はい」 「頼むから、男の頭をそうやってなでるのも無防備にぐっとくるような言葉をかけるのも、俺だけにしてくれ。心配すぎるからな」  ――し、心配?  急に子ども扱いしてくるアベルに、セシリーナはちょっとむっとして頬を膨らませる。 「もうっ、心配しなくてもこんな親しげなこと、幼馴染のアベルやケルヴィンにしかしませんよ! アベルもケルヴィンも、いつまで経っても私のこと子ども扱いするんだから」  すねたふりをして、ふんっと顔を逸らして言うと、アベルが聞こえるか聞こえないかの小さな声でぼそりと言った。 「……おまえのこと、子どもだなんて思ったことねぇよ。むしろ、俺はずっと、おまえだけを見て――」  アベルのどこか熱のこもった物言いに、なぜだか心臓がどきりと跳ね上がる。ふと夜風が吹いて中庭の花々がざわざわと揺れる音だけが、やけに大きく聴こえる。  ずっとおまえだけを見てって、それってどういう――?  聞き返していいものか、それともアベルがその先を言ってくれるのを待つべきか迷っているうちに、彼が力なく首を横に振った。 「……いや、いまの中途半端な俺じゃ、おまえになにかを伝える資格はねぇよな。もっと、おまえを迎えることになったとしてもふさわしい男になってからだよな……」  ごにょごにょごにょと、アベルがなにやらぼやいている。 (アベル、さっきからなにを言っているんだろう? なにを伝えたいんだろう?)  アベルはすっくと立ち上がると、ベンチに腰掛けたままのセシリーナを振り返った。 「話を聞いてくれてありがとうな。おかげで元気出たわ。おまえの新しい事業に、全力で協力させてもらう。これからよろしく頼むな、社長!」  にかっと笑って差し出されたアベルの手をセシリーナは両手でとって、しっかりと握手を交わす。 (いまは、アベルが一緒に頑張ってくれるだけで十分だよね!)  それでいつか、彼が安心していられる居場所になれたらいい。力を貸してもらうだけじゃなくて、彼に力を貸せる立場になれたらいい。 (アベルは私じゃ手の届かないところにいる人。だから、あの星たちみたいに頑張り続ける彼のことをそっと見守っていられたらいいな)  アベルとセシリーナの絆を応援してくれるかのように、星々が静かに瞬いてふたりの輪郭を照らし出してくれていた。そうしてアベルに自室に送ってもらって今日の一日を終えるのだった。  そんな連れ立って歩いていくセシリーナとアベルの後姿を、木陰に潜んでいた謎の青年が見つめていた。繊細な綺麗な指先を顎に当てて、青年は面白そうに唇の端を持ち上げる。 「……ふうん。あれが転生者と今代の聖騎士か」  青年は誰に言うわけでもなく呟くと、左目の下に薔薇の模様の刻まれた特徴的な目じりを面白そうに細める。魔法使い風の青いローブを翻して、夜の闇へと姿を消した。  翌日――。  セシリーナとアベル、ケルヴィンの三人が会議の中心となって、セシリーナの父であるシュミット伯爵、アベルの父である前代聖騎士のローレンス騎士爵、ケルヴィンの父である大商人のサージェント会長が一同に介して、旅行会社設立のプレゼンテーションが行われた。セシリーナのたどたどしいプレゼンにアベルとケルヴィンが上手くフォローを入れてくれて、結果、みんなの熱意が十分に伝わる発表になった。それに、事前にお三方に事業計画を都度ご相談させてもらっていたことと、お三方もこの世界の経済に危機感を覚えていたこともあって、いわゆる若い世代のセシリーナたちが新しいことに挑戦することに賛成こそすれ反対する者はいなかった。  無事にお三方と事業資金の援助について約束することができて、いざ会議は万々歳で終わり――というところまでいったとき、ローレンス騎士爵がすっと手を上げた。 「皆、すまないが少しだけ時間をもらえないだろうか。ひとり、セシリーナ嬢の立ち上げる旅行会社に就職したいという人物を紹介したいのだが」  ローレンス騎士爵の斜め上を行く一言に、セシリーナは目を剥く。 「え、えっ、ローレンス騎士爵のご推薦で、ですか? 思ってもみなかったので、とてもありがたいです!」  新しい会社を立ち上げるときのマンパワーは、多ければ多いほど助かる。それがローレンス騎士爵が推薦してくださる人物となれば、なおさらだ。  ケルヴィンもアベルも初耳だったらしく、ふたりともきょとんとして顔を見合わせている。 (私の会社のオープニングスタッフに加わってくれるメンバー、いったいどんな人なんだろう? 仲良くできるといいなあ)  ローレンス騎士爵が、かつて聖剣で竜王を倒した経緯のある引き締まった腕で、室内の衝立の裏に向かって手招きをする。 「待たせてすまなかったね。どうぞ、準備がよければ出てきてくれたまえ」 「承知いたしました」  ローレンス騎士爵に応えて衝立の奥から青年の涼やかな声が聞こえて、そうして静かに姿を現したのは、月の光を一身に吸い込んだかのように艶やかな銀髪と、月の明かりの下にある森の湖面のような深い青の瞳をした男性だった。d43e7f1a-2be7-4150-8ba1-66564c75b5e1  金の縁取りのある黒いローブに身を包んだ姿は、手練れの魔法使いを思わせる。それになにより目を引くのは、左目の下に刻まれた淡い紫色の薔薇の模様だった。 (あの模様は、まさか――)
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