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準備開始!
(……いいでしょう。ここでしっかり決められなかったら社長の名折れ、この先リーダーとして会社を経営していけるはずがない!)
セシリーナは深く深く息を吸い込むと、カッと両目を見開いて全員の前に出る。
「――皆さま! ただいまご紹介に預かりましたセシリーナ・シュミットでございます。いつも領主である当家にご協力くださりありがとうございます。それでこのたび、わたくしセシリーナ・シュミットは旅行会社を立ち上げるという一大事業を始めることにいたしました。旅行会社というのは――」
生まれてこのかた自分の村を一度も出たことのない村びとたちのいる中で、貴族や商人でない一般の民間の人たちが他の町や村へ観光へ行けるようになるという革新的な事業内容を説明するのは四苦八苦だった。けれど、自分の拙い説明を都度アベルやケルヴィン、ヒースが補足してくれて、最終的に大変わくわくする企画だということを村びとたちに伝えることができた。そうして、当社初のツアーである『シュミット村観光ツアー』の概要についてその場に集まってくれた人たちに伝え、みんなが村おこしを兼ねた観光ツアー計画に賛同してくれた。やがて村びとたち総出で初の観光の成功に向けて力を合わせて動き始めることになるのだった。
それからは、毎日が目まぐるしい勢いで過ぎて行った。シュミット村観光ツアーを企画するためには、まずは観光地となる村びとたちの協力が必要不可欠だ。ということで、村の人びとには観光ツアーに参加するゲスト側ではなく、ゲストを迎えるサービス側の仕事を請け負ってもらうことになった。
宿屋の女将さんには宿の手配を、料亭の亭主にはシュミット村名物の料理の手配を、作物の生産者には食材の手配を、雑貨屋の店主には観光のお土産にちょうどいい小物や日持ちする菓子の手配を。そういうふうにそれぞれ持ち場と得意なことを活かして力を貸してくれた。
また、観光地の準備が万端でも肝心の観光客が来なければ本末転倒ということで、営業活動は主に王都在住のアベルとヒースが担ってくれた。アベルは近衛騎士の同僚や兵士の人たちに、ヒースは教会関係者や信者の人たちに世界初の観光ツアーに参加してみないかと声をかけてくれ、人望のあるふたりの声かけだけあって反響が十分にあったようだ。ふたりはあっという間に参加人数上限の二十名を集めてくれた。アベルたちが奮闘してくれているあいだ、ケルヴィンは自分のそばについて秘書業務と経理業務を担ってくれ、シュミット村が観光客を受け入れる準備を整えてくれた。
かくいう自分はというと、全体の士気を上げることが今の社長の最もたる務めとヒースに忠告されて、シュミット村の人たちを激励したり時には差し入れを持参したりしていた。はたまた王都に出向いてあいさつ回りをしたりと、足を使って多岐にわたる業務をこなしていた。
全員が一丸となって計画を成功に向けて進めて――そうして数か月後、いよいよ三日後に『世界初! シュミット村観光ツアー ~ブドウ酒の祭典~』と名付けたシュミット村の特産品であるブドウ酒やブドウジュースを楽しむ内容のツアーが開催されることになったのだ。ツアー開催日を直前に控えて、ワールドツーリスト社の面々であるセシリーナとアベル、ケルヴィンとヒースの四人は、シュミット村の最終チェックをしに村の中を周ることにした。四人で並んで村の土くれの道を歩きながら、アベルが村を吹き抜ける風を受けて気持ちよさそうに伸びをする。
「ふーっ、なんだかんだあったが、この分ならなんとか無事にツアー初日を迎えられそうだな。セシィ、それから野郎共、お疲れさまだったな」
ヒースがわざと嫌そうな顔をする。
「野郎共って……。セシリーナ以外の扱いが雑なんじゃないの、アベル」
「一括りですか。まあ、お嬢様は我が社の社長ですから、従業員とひとまとめにするわけにはいきませんが」
――その従業員の皆さまが優秀すぎて、社長の私は頭が上がらないんです……!
そう心の底から叫びたかったけれど、みんなに突っ込まれるのは必至だったのでぐっと言葉を吞み込んだ。代わりに観光モード満載の街並みに目を向けてみる。
まず、村の入り口である木枠でできた門には『観光客様ご歓迎! ようこそシュミット村へ!』と大々的に書かれた旗が掲げられていた。家々の扉や窓には思い思いの花でこしらえた花飾りが飾ってあり、華やかなお祭り感を演出してくれている。
普段なら店内だけに商品を並べている雑貨屋や青果物屋、パン屋なども、観光客に備えて店先にテーブルを並べて露店を開く予定になっている。その準備で村の広場や軒先には色とりどりのテントやテーブルが所狭しと並べられていて、それを見ているだけでこれからが楽しみでわくわくと胸が高鳴ってきた。セシリーナたちは、村の最終チェックを兼ねながら今回のツアー計画に賛同して力を尽くしてくれた村びとたちに激励のあいさつ回りを行っていく。自分たちが村の中央広場に差し掛かると、店先の飾りつけをしていた料亭の女将さんが手を止めて振り返った。
「あらあら、皆さんおそろいで! セシリーナお嬢様、このたびは素敵なご企画をありがとうございます。うちの亭主ったら張り切っちゃって、料理の仕込みだなんて言ってもう何日も厨房にこもって出てこないんですよ。王都からの観光客のお客様にシュミット村の名物とブドウ酒で最高の郷土料理を振舞うんだって言って!」
「わあ、最高のお料理ですか! とっても楽しみです! どんなお料理を作ってくださるのでしょう、私も見てみたかったなあ」
ツアー期間中は、自分はきっとあちらこちらの対応にバタバタと追われてしまって亭主と女将さんの最高の郷土料理にお目にかかることはできないかもしれない。しゅんとしていると、店の奥から件の亭主が顔を覗かせた。
「セシリーナお嬢様、いらしていたんですかい! 腹ペコのお嬢様のことだ、私の腕を振るった料理が食べられないとあっては、気落ちしちまうでしょう。よかったら観光客にお出しする予定の料理を、お嬢様たちにご賞味していただけませんかい? 試作品はあらかた出来上がってるんで」
「ほ、本当ですか!?」
よだれが出そうなほどの勢いで飛びつくと、後方で様子を伺っていたアベルとケルヴィン、ヒースが同時に吹き出した。
「おまえ、どれだけ食い意地張ってんだよっ」
「……お嬢様、淑女たるもの振る舞いにはお気をつけください」
「食欲に素直でいいんじゃないの。これからの英気を養うために、僕もぜひお相伴に預かりたいね」
「皆さまにご賞味いただけるなんて本望ですよ。さあさあ皆さま、よろしければ店内へどうぞ。狭い店ではありますが妻が綺麗に掃除しておりますので清潔感は抜群です」
亭主と女将さんに促されて、セシリーナたちはありがたく料亭に寄らせてもらうことにした。
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