君のとなり

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▶【我慢して飲む】 (…まぁいいか。何度も席を立つのも面倒だ)  俺は人知れず溜息を吐くと、食べ終えたばかりのあんまんを喉奥に流し込むように、微温湯のような酒を嚥下した。  それから数時間ほどが過ぎて、俺がシャワーを浴びて出てくると、予想していなかったわけじゃないが、彼はこたつに突っ伏して眠りに落ちていた。  やはり俺の選択は間違っていなかったようだ。  彼がそう酒に強くないことは知っていたので、俺は酔いが回る前にと早々に彼を浴室に叩き込んでいた。  それこそ、缶ビールの二缶目を開けるより先に、そうでなきゃ追い出すとばかりに急きたてて。  彼が全く頓着しない所為で忘れそうになってはいたが、彼の身体も、中華まんや熱燗よろしく酷く冷えていたのだ。  そうでなくても風邪が流行っていると言うのに、さすがにそれを見て見ぬふりするわけにもいかない。  別に、仮にも自分が教育者という立場であるから、と言うわけでもないが、その辺りは一応年上としての義務のようなものかとも思う。 「こら夕貴。そんな格好で寝てたらそれこそ風邪引くだろ」  首にタオルをかけたままの格好で、その肩を軽く揺さぶると、彼は呻くような声を微かに漏らして、のろのろと頭を上げた。  ゆらゆらと前後左右に揺れる上半身に振られ、時折ガクリと前に倒れるような姿勢になっては、こたつに額を打ち付けそうになっている。 「寝るなら隣の部屋で寝ろ。ソファならそのまま使えるようになってるから…」  言いながら、再び立ち上がろうとすると、その片腕を急に掴まれる。  何事かと一瞬動きを止めて見守ると、彼はそのまま掴んだ腕を支えに腰を浮かせて、背後にあった俺のベッドの上へとよじ登った。 「おい、そこは俺の……」  寝る場所だ。  だが、それを言い終えるより先に彼は知ってるとばかりに小さく頷き、薄っすらと開けていた目を静かに閉じた。  俺は思わず閉口する。  しかも、彼の指先は俺の衣服を掴んだままだ。 (…手、離せよ)  心の中では思うのに、何故かその手を振り払えない。  結果的に、その無防備な寝顔をしばらく眺める羽目になり、俺は小さく吐息した。 (俺はまだ全然飲み足りねーんだけど……)  そうしているうち、無意識に彼へと手を伸ばしていた自分に気付き、触れる寸前でその手を止める。  考えていたことと言えば特になんでもないことなのに、その傍ら、意味も無く彼の髪の毛に触れるところだったなんて、我ながら意味が解からない。  こんな仕草が自然に出るなんて、それこそ目の前の相手が最愛の恋人である場合くらいでは――。 (まさか……夕香に見えた、とか…?)  夕香は夕貴の実の姉で、要するに俺の元妻だ。  そして誰が見ても、彼女と夕貴は確かに似ている。  だが、今更そんなことに惑わされたりするだろうか。  数年とは言え、ずっと二人の傍に居た俺が――?  ひやりと背筋を冷たいものが伝い落ち、込み上げた空笑いに口端が小さく引き攣った。  正直に言えば、俺は彼女と別れたとき、相当未練があった。  だが、理由が理由なだけにプライドが邪魔して拒絶もできず、案外あっさり承諾してしまったのも事実だ。 (…ここはもう、寝てしまった方が懸命か)  俺は彼女の顔が特に好きで、もちろん性格も好みだったが、実際のところ、気が合うと言えば圧倒的に弟の夕貴の方が上だった。  いや、だから……。 (だから何なんだ………)  続いて浮かんできた言葉を振り切るように緩く頭を振り、俺は結局――。  ▷【こたつで寝る】→https://estar.jp/novels/26278265/viewer?page=7  ▷【隣で寝る】→https://estar.jp/novels/26278265/viewer?page=9
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