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▶【あたため直す】
(…仕方ない、温めなおすか)
俺は再び立ち上がると、何も言わずに台所に向かった。
「あ…っ悪ィ、もう冷めちまってたよな」
と、不意に背後から焦ったような声がする。
レンジのスイッチを入れてから振り返ると、彼は妙に落ち込んだ様子で俯いていた。
「…え、いや、そんな気にすることでもねーだろ」
思わず声をかけると、彼は俯いたまま緩く首を振った。
「なんか、ホント俺って気が利かないって言うか、役に立たねーって言うか…」
「な、なんだ…? どうしたお前?」
いつも人懐こい笑顔ばかりを見ていたからか、その突然のギャップに酷く驚く。
背後でレンジの音が鳴っても、とりあえずそれは放置で、彼の傍へとすぐに戻った。
「ごめんなさい……っ」
と、その顔を覗きこんだ途端、何故かその目元からはぽたぽたと涙が零れ落ち、次には俺に抱きついて、声を出して泣き始めてしまった。
「夕貴、なんだ、何かあったのか…?」
その肩をぽんぽんと撫でながら、極力穏やかに訊ねるが、それに答える声は無い。
全く、こんな急に、いったい彼の中で何があったと言うのか。
(……まさか)
とにかく泣き止むのを待っている間、俺は大人しく彼の様子を見守ろうと思っていたが、そこでふとあることに思い至り、再びその顔を覗きこんだ。
「お前、酔っ払ってるな……?」
軽く肩を掴んで身体を離させてみると、彼の頭は首が据わっていないかのようにかくんと力なく揺れた。
返事は無い。そして気がつけば嗚咽も既に止まっている。
「夕貴……」
加えてあろうことかその双眸まで、いつの間にか安らかに閉じられていた。
そう、彼は酔っ払って泣き上戸になった挙句、そのままぷつりと眠りに落ちてしまったのだ。
俺はがくりと肩を落とし、盛大な溜息を吐いた。
(缶ビール一本…この程度でこの様かよ。弱すぎるだろ……)
揺さぶってもまるで起きそうもない彼をとりあえず横にして、こたつの位置をそっとずらした。
余っていた布団を彼へとかけて、部屋の電気を消すと、残っていた酒を抱えて台所に戻る。
台所にはテーブルセットなんてものは無く、台らしきものと言えばシンクの片側だけだったが、俺はそこに持っていた酒を置き、独り立ったままちびちびと酒盛りを再開した。
部屋には穏やかな彼の寝息だけが微かに響き、それはすっかり夜が明けるまで途切れることはなかった。
<END>
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