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▶【こたつで寝る】
彼の手をそっと外させて、こたつの前に戻った。
机の上には、開けて間もない缶ビールが、飲みかけのまま放置されている。
ひとくち、ふたくちほどしか減っていないそれを自分の前に引き寄せて、とりあえず一気に飲み干しておく。
飲みかけていたのは自分ではなかったが、この際どっちだって構わなかった。
(…今日は冷えるな)
暖をとるものがこたつしかなかったこともあり、シャワーの直後であるはずなのに、底冷えのする寒さに小さく肩が震える。
エアコンは冷房の機能しかなく、ストーブはあるものの、現在は灯油切れで使用不能だ。
とは言え、基本的にこたつだけで過ごす日も少なくない俺は、さほどの苦も無く、こたつに潜った。
首にかけていたタオルで再度適当に髪の毛を拭きながら、手を伸ばして部屋の電気を消す。
用の済んだタオルは台所の床へと放り投げ、そのままごろりと背後に寝転がった。
こたつのスイッチは切ってないが、さすがに背中がじわりと冷える。
それでも、フローリングでないだけマシだと自分に言い聞かせ、こたつ布団を肩まで被った。
その辺にあった雑誌の束を頭の下に敷き、大きな欠伸を一つ漏らして。
(気持ち良さそうに寝やがって…)
シンとした部屋の中で耳を澄ますと、夕貴の規則正しい寝息が微かに聞こえる。
俺はベッド側に背中を向けて、独り諦めたように目を閉じた。
(そう言えば……)
彼はいつも、どう言って家を空けているのだろう。
職場には実家から通っているのだし、それならそれで外泊をするときくらいは何か言って出てきているはずだ。
既に社会人だとは言え、実家にいる限りはと、そう言うところはかなり厳しそうな家だったし…。
だからと言って、素直に俺の部屋に遊びに行くと言っているとも思えない――と言うか、正直それは俺が勘弁して欲しい。
(まぁ…いいか)
一応夕香にメールでもしておくべきか…と、一瞬考えたりもしたが、ややして下りてきた眠気に敢えて逆らうような真似もしない。
そして俺は、結局易々と意識を手放した。
翌朝、目を覚ました俺は、緩慢に身体を起こすなり額を強くおさえた。
「…っ……」
頭痛がした。まるで酷い二日酔いにでもなったかのように、ガンガンと痛みが脈打っている。
「夕貴、時間――…」
加えて、ベッドに視線をやりながら声を出すと、喉奥にも痛みが走った。
首筋の火照り具合から見るに、発熱もしているようだ。
「…やばいな」
思わず独りごち、気だるさに重い腰を上げた。
声をかけたはいいが、夕貴の姿も既にそこにはない。
ただ、こたつの上には一枚のメモが残されていた。
『せっかく泊めてもらったのに、一度家に帰んなきゃならなくなった、鍵はドアポストに入れとく、ベッドとっちゃってごめん』
普段なら気配で目が覚めそうなものなのに、全く気付かなかった。
(情けねーな……)
俺は読み終えたメモを再び机の上に落とし、とにかく仕度の為に立ち上がった。
ベッドの上に投げたまま失念していたジャケットは、朝になって夕貴がそうしてくれたのだろう、壁際のハンガーに掛けられてはいたが、既に時遅しとばかりに皺だらけになっている。
気がつけば時間的にもそう余裕はなくなっていて、俺は予定外にも別のジャケットのカバーを外し、手早く袖を通した。
時折視界が眩暈に揺れたが、それも気力で何とか堪えて、適当に買い置きしていた薬を水道水で喉奥へと流し込む。
書置きに従い、古びたドアポストから鍵を取り出して、そのまま急くようにドアノブに手をかける。
その、刹那。
「つーか今日、職員会…議……」
不意に頭を過ぎったのは昨夜までは確実に覚えていたはずの予定で、俺はますます慌てて家を出た。
――が。
結局会議の開始時刻には間に合わず、しかも不覚にも風邪までひいてしまった俺は、普段から口うるさい教頭に嫌と言うほど小言を聞かされ、挙句午後には高熱で病院送りになってしまった。
<END>
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