君のとなり

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▶【自分が壁際に寝る】  少し迷ったが、結局俺は夕貴を跨いで、壁際で寝ることにした。  途中、掛け布団に紛れていた自分のジャケットに気付いて、壁際のハンガーにかけなおし、改めて布団の中に入る。  子供みたいに半端にかかっていただけの彼の肩にも布団を被せて、俺は仰向けのまま静かに目を閉じた。  俺は基本的に眠りが浅く、僅かな気配や物音ですぐに目が覚めてしまう性質だ。  だが、その夜ばかりは、隣で夕貴が寝ていたからか、少しぐらいの振動では目を開けなかった。  きっと彼が寝返りでもうったのだろうと、安易に考えていたからだ。  それに伴い、安物のベッドが何度も軋む音を立てても、結果、肌が触れるほど距離が近づいても、この狭いスペースの中では仕方のないことなのだと――。  だけど、次いで微かな吐息を唇に感じ、そのまま柔らかな感触に包まれてしまってはそうもいかない。 「……!」  刹那、俺は弾かれたように瞼を上げた。 「ゆ…夕貴……なに、やって……」  暗がりに表情はよく見えないが、眼前には確かに夕貴の顔がある。  改めて視線を巡らせると、いつのまにか夕貴は俺の上に跨っていて、まるで組み敷かれたような体勢になっていた。 「じょ、冗談はやめなさい」  俺は眠気にまどろむ頭で懸命に現状を理解して、とにかく彼を押しのけて起き上がろうとした。  が、掛け布団の上から押さえられている為、それも叶わない。  それどころか、身動き一つろくにできない状況にあるのだと気付かされて、背筋がひやりと冷たくなった。  上から見下ろされている視線は、どこを見ているのかわからない。  だけど、その雰囲気からして、怖いとは思わなかった。 「京介さん……俺、ずっと前から京介さんが好きだったんだ……」  部屋には何の音も無く、真冬の冷たい空気が満ちているだけ。  そこに、ふと独白のような呟きが落ちてきて、俺は僅かに目を見開いた。 「姉ちゃんに紹介されてから、暫くは本当の兄ちゃんができたみたいで嬉しかったんだけどさ。それもすぐになんか…変な感じに変わっちゃって、実際姉ちゃんと結婚した時はすげー苛々したし、その後別れたときはすげー嬉しかったりして……」 「夕貴……」 「姉ちゃんは姉ちゃんで好きだし、だから余計に言えなかったけど……」  ぽつりぽつりと続ける彼の腕からは次第に力が抜けて、いまなら彼ごと跳ね除けられるだろうと思ったけれど。  彼の声音が、科白が、自然とそれを押し留める。  俺はそっと布団から片手だけを抜き出して、そっと彼へと差し伸べた。 「京介さん……」 「…それでお前は、どうしたいんだよ」  訊ねると、俯きがちになっていた彼が、ゆっくり顔を上げる。  頬に触れた指の感触に驚いたのか、幾度か瞬きながら。  不思議なことに、俺の心中は殊の外穏やかだった。  最初はびっくりしたものの、彼に対する嫌悪感も、その行動に対する恐怖心も特に無い。  寧ろ、自分で発した声の落ち着きぶりに、自分で驚いたくらいだった。  認めたくなかったけれど、俺だって心のどこかで、ずっと想っていたのかもしれない。  彼と同じように、彼の傍にいられたらと――。 「夕……」  黙りこんでしまった彼の名を、再び口にしようとした時。  頬に触れていた俺の手に、彼は自分の手をそっと重ねて、泣きそうな表情で微笑んだ。 「俺……京介さんを、…抱きたい……」
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