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看護師ミリー
広大な旧帝国の領土の中でも最も過酷な冬が訪れる北の山奥。
隔絶された土地にある軍管轄のその病院では、恐るべき人体実験が繰り返されていた。
勤める医師や看護師達はその事実を知り得ながら、もしくは携わりながらも―――、しかし外部に告発することは死を意味し、己の命惜しさに黙認することしか出来なかった。
「皆さん、遂にこの病院にもアヴァルト軍の調査が入る事になりました」
その日、師長から告げられた言葉に看護師達は戦慄した。
遂にこの時が来た―――。
国が戦争に負けた時から、この日が来るとは悟っていた。
「師長、シェリンはどうなるのですか?」
挙手して質問したのはベテラン看護師のミリーだった。
彼女は長年シェリンの世話をしており、母親代わりを努めていた。
「シェリンの保護者は既に押さえられています。計画の隠蔽の為、近々処分されるでしょう…」
残酷な通達だった。
先天性エンジェル病のシェリンは病院の地下にある研究施設で長年、有翼天使計画―――、翼を持った特殊戦闘員の増強計画の被験体となっていた。
戦場で使われる各種毒物への耐性を持たせ、重い銃火器を扱えるよう見た目の華奢さに似つかわしくない筋力が付くように薬物投与も繰り返された。
無垢なる殺戮の天使―――、そうなるべく彼女は改造され続けていた。
この病院の闇が暴かれたとしても、彼女が自由になることはない。
外の世界に逃げ出さぬよう―――、決して旧帝国軍の監視から逃げ出せないようにと彼女は制約を掛けられている。
「早ければ今晩シェリンの薬を止めてもらいます。どうか悟られぬように」
その指示にミリーは唇を噛んだ。
シェリンの食事には毎回、薬が混ぜられていた。
継続的に接種していれば問題はない。
けれど一度でも薬の服用を怠れば、特殊な酵素が働き出し、体内のあらゆる臓器を攻撃して出血を招き、数時間で死に至らしめる。
本人は先天的なものだと思っているが、それすらも旧国軍が施した悪魔の烙印だった。
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