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「ところでレオのお父さん、今日も来ないの?」
そんな何気無い問いに彼は言葉に詰まった。
レオは子供の頃からの心臓病で長期入院を余儀なくされているのだが、その父親は帝国軍の上層に属していたことから現在、戦犯として隣国に捕らえられている。
恐らくもう生きては会えないと薄々感じているが、彼女にはそのことは秘密だ。
知ったらきっと悲しむ。
「軍の仕事で忙しいみたい。落ち着いたらきっと、また来るよ」
そう誤魔化したが内心は穏やかではない。
上級将校の父のお陰で、レオはこれまで生きていられたようなものだった。
この病院は軍の管轄で、軍人の家族は無償も同然で診てもらうことが出来た。
けれど敗戦国となって政府組織が崩壊した今、間もなく他国の調査機関が入ると聞いている。
そうなれば軍の命令で恐ろしい実験をしていたこの病院の多くの医療従事者は捕らえられ、入院中の患者もそれぞれ民間病院に移送されるだろう。
しかし、民間病院に入った所でレオにはその治療費を払える保護者が父以外にいない。
母は既に彼を見捨てて他国に亡命し、新たな家庭を築いているとも聞かされている。
翼を生やしたシェリンに至っては、きっと他国に連れて行かれ、見世物にされるか更に恐ろしい実験に使われるだろう。
「ねえ、シェリン」
「ん?」
「もし、明日がこの世の最後だとしたら…、君は何をしたい?」
不自然な質問だった。
けれど、訊ねずには居られなかった。
世間知らずな彼女は何の疑問もない様子で暫し考えると、雪の舞う鉄格子の窓の外を見て、にこりと笑った。
「私、南の海を見てみたい」
そう言って、彼女は巣立ちの時を迎えた雛鳥のように翼を羽ばたかせた。
その姿はまさに天使で―――、あまりの美しさとその微笑にレオは目を奪われた。
今年で彼も彼女も十三歳。
隔絶されたこの病室の中、唯一無二の友の情は次第に恋心へと変化していることを彼は少なからず自覚していた。
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