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終わりの始まり
夕飯後の血圧測定を終え、入浴の時間を待っていた時だった。
物々しいエンジン音が轟き、ベッドの上から何事かと腕を伸ばしてカーテンを開ける。
空には着陸態勢の小型飛行機、身を乗り出して覗いた下の駐車場には沢山の軍用車。
何事かと眉間に皺を寄せ、ナースコールを押そうとした瞬間だった。
「レオ!アヴァルトの軍隊だよ!取り囲まれてる!」
隣の部屋から駆け込んだシェリンが怯えた様子で叫ぶ。
アヴァルトは祖国を破った隣国の一つだ。
咄嗟にカーテンを閉めたレオはベッドに横付けしていた車椅子に乗り移り、怯えるシェリンを招き寄せた。
「大丈夫。僕が一緒にいる」
震える彼女を抱き締め、悲鳴と足音が木霊する廊下を睨む。
次第に迫る発砲音と怒号。
一際の足音に覚悟した瞬間だった。
スライドドアを抉じ開け、看護師のミリーが防寒着や大きなリュックを手に病室へと滑り込む。
彼女は大急ぎでドアを閉めるや、空きベッドやテーブルなど室内にあるものでバリケードを築き、抱き合う二人に駆け寄った。
「思ったより早かった…!二人とも早くこれを着て!」
防寒着を押し付け、そう指示するミリーは白衣のあちこちに血を付け、脂汗を滲ませていた。
「ミリー、何が起きてるのっ?あの軍隊はっ?」
混乱状態でシェリンは問い質すもミリーは兎に角、彼女に防寒着を着せ、重いリュックを背負わせた。
「シェリン、リュックに二人の薬と食料を詰めたわ。飲み方は薬と一緒に書いたから」
肩を掴んで言い聞かせ、今度はレオに防寒着を着せんと体を向ける。
瞬間、二人は気付いた。
ミリーの背中から血が流れ、床にポタポタと滴り落ちていた。
「時間がないのっ…、シェリン、レオと一緒にエルファ島に向かいなさい。貴女の翼なら夜明けには国境を抜けられるわ」
痛みに耐えながらミリーは告げ、部屋の電気を暗くして窓を開けた。
途端に吹き込んだ真冬の寒風は、頬を切り裂かんばかりに鋭かった。
「レオ、シェリンを守ってね」
そう囁き、力を振り絞って車椅子からレオを抱き上げた彼女はシェリンの腕へと彼を託す。
度重なる実験と訓練を受けたシェリンの腕力なら、心臓の病により痩せた彼の体を抱えるのは容易だった。
「どうか、逃げ切ってね」
最後にそう告げたミリーは、勇気付けるように窓の縁に飛び乗ったシェリンの背中を押した。
吹き荒ぶ寒風の中、漆黒の闇夜へと羽ばたき、闇の中へと二人は突き進む。
消え行くその姿を見つめ、ミリーは小さく微笑んだ。
その直後だった。
鼓膜を破らんばかりの轟音を立ててバリケードを蹴散らし、病室のドアを抉じ開けた軍服。
振り返った彼女へと銃口を向けた兵は、躊躇うこと無く引き金を引いた。
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