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刺すような冷たさが容赦無く襲う。
大きな翼はしっかりと風を掴み、シェリン腕の中でレオは月明かりと父から譲り受けた腕時計を座標に方向を示した。
病院からの脱出時、気付いた兵士に発砲されたが、暗闇と舞い始めていた粉雪が味方した。
追手が来ない内にと風を切り、必死の思いで国境の町へ。
戦後の傷跡深い閑散とした街には人気はなく、寒さもあって皆、屋内へと身を寄せていた。
「寒いね…、何処かお店に…」
適当な路地裏に降り立ったシェリンは、そう告げるや通りの方へと向かおうとした。
けれど、直後に手を引かれてレオに止められた。
「まだ国境を越えてない。それに僕達の格好じゃ帝国の軍隊に通報されてしまう。きっと軍は君を処分する気だ。もっと南のカローラスに入るまでは身を隠そう」
声を潜めながら彼は言い聞かせた。
「どうしてカローラスなの?アヴァルトが目の前なのに…」
そう訊ねたシェリンに、レオは瞼を伏せて深呼吸。
脳裏を過った血塗れのミリーの姿に残酷な現実を理解した。
「アヴァルト軍はミリーを撃った。きっと、あの病院で行われていた事を知ってるんだ。君という殺戮の天使を作り出そうとしていた事を…、きっと君を消そうとしている…」
両手を握り、レオは声を震わせながらも事実を口にした。
長年、あの病院に入院していて気付いてしまった。
こうして彼女に軽々と抱き抱えられて逃げてきた事で、真実なのだと悟ってしまった。
「………、…やっぱり…、そうなんだね…」
消え入りそうな声で呟いたシェリンは、肩を竦めて自嘲するように嗤った。
繰り返される実験にそんな気はしていた。
隔絶されていたとは言え、看護師達の交わす言葉や医師達、研究員の態度で―――、自分が何に利用されようとしているのか、気付かないほど無知ではなかった。
「このままエルファ島まで進もう。ミリーも島に向かえって…」
泣きそうになる彼女に、レオは勇気付けるように強く手を握り、先に進まんと歩き出す。
けれど、数歩進んだ途端だった。
ドキンと脈打った心臓の痛みに胸を鷲掴み、あまりの痛みに薄雪積る地面に膝を突いた。
「レオ!?」
「…っ…大丈夫っ…、いつもの発作だ…っ…、早く行こう…っ…」
駆け寄ったシェリンに支えられながら何とか立ち上がり、先を急がんと震える脚で前へと踏み出す。
けれど、その直後だった。
「…うぉ!?なんだコイツ等!」
「見ろよ!羽生えてんぞ!」
見るからにガラの悪い酔っ払いがこちらを指差し、興味津々で躙り寄る。
咄嗟にレオを抱き締めたシェリンは、その場で屈伸するように地面を蹴り上げ、大きな翼で垂直に空へと飛翔。
その姿を見つけた街ゆく人が何だ何だと騒ぎ出す中、軽々と宙へと舞い上がった二人は南へと再び突き進んだ。
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