ブック

1/6
前へ
/6ページ
次へ
「竹中、待てーー!」  直ぐ背後から大声でこちらを追い詰める声が響く。無論待つわけがない。急いで角を曲がると、残る力全てを使って全力で走り出す。僕は足が遅い。このままでは追いつかれるのも時間の問題だろう。だから知らない道だろうと見境なく無我夢中で駆けた。 「ん?ここはどこだ?」  ようやく後ろからの声が届かなくなった頃に、僕は正気を取り戻した。見わたしても見たことがない景色が続いており、さながら廃墟が連なっているゴーストタウンの様な様相をしていた。こんな所ウチの街にあったかな?と疑問の思いながらも何となく散策を始めた。古臭い商店街をブラブラしていると、一軒だけ営業中の看板を出している店を発見した。なんの店だろうと軒下を覗いてみると、どうやら古書店らしい。店の前には置かれていないが、中には所狭しと古書が並んでいるのが見て取れた。僕は取りつかれた様に店内へと入る。中は無人の様でいらっしゃいますの挨拶はない。自分の身長より高い位置にある本達をしげしげと一冊ずつ見つめていくと、どうしたわけか気になる本が一冊あった。幸いにも手に届く範囲にあったので身長に背伸びしてそれを取る。 「んと、なんて読むんだコレ」  表紙にあるはずのタイトルは書かれておらず、ずっしりとした分厚い本である以外、特に特徴がないものであった。ペラペラと捲ってみると、幸いにも現代の日本語で書かれており、問題なく読めそうだった。どうやら冒険活劇風の読み物らしい。どれどれと読み進める。  腕に独特の痣がある主人公は、とある異世界の田舎の生まれで、羊飼いをしているらしい。平和に暮らしていたがある日、賊が攻め入ってきて、家族を人質に取られる。万事休すの時、窓から突然一本の剣が飛び込んで来、主人公の手に収まる。呆気に取られている賊達を瞬く間に打ち倒すと、生きている剣は主人公に名を告げる様、言ってくる。主人公は自らの名を口にしようとした。  その瞬間。光が弾けた。  僕の身体から何かが抜け、無限の宇宙へと飛び去る。精神体、とでも呼べばいいのだろうか。それは太陽系を飛び出し、更なる彼方へと向けてとんでもない速度で移動を始めた。幾つもの星々を通り過ぎ、ある一つの惑星へと降り立つ。そこはどこか見覚えがある青年と一振りの剣が互いを見つめ合う様に立ち尽くしていた。僕はその青年の身体に落ち込むと同化し、一緒になって口を動かす。僕の名は…。 「こらーー!何をしているか!」  僕はびっくりして本を落っことしそうになった。怒声はカウンターの方から聞こえてきた。そしてそこには頭が禿げあがった店主と思しき老齢の男がいた。 「どこから入ったこの悪ガキめ!」 「えっと、すみません。入口からですけど」  突然怒鳴り散らされたせいか、馬鹿っぽい返答をしてしまう。立ち読みはマナー違反だったかもしれないが、別に変なことはしていないのだから、怒鳴られる謂われはないと思うのだが。 「勝手にコイツを読んではいかん。戻しなさい」  丁度いい所で邪魔された僕はその決定に不服を感じ、店主にこう言った。 「これ買います。おいくらですか?」  もしかしたら高い本かもしれないと思ったが思わず口に出た。が。店主はふふんと鼻を鳴らす。 「そいつは売り物じゃない。もう帰りなさい。ここは君の様な子供がくるところじゃない」  そう言うなり、僕の手から本を取り上げると、それを持ってカウンターまで下がってしまった。僕はそれを見て仕方なく書店から出た。 「面白くなりそうだったのになぁ」  ポツリと呟きながら、続きを想像しながら練り歩く。暫くすると見慣れた景色が現れた。こうして僕とその本との出会いは始まったのだ。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加