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気が付くと俺は出たはずの玄関から家のなかに戻っていた。手にはずしりと重い感覚。
「夢じゃない」
慌てて自室に戻り本をじっくりと眺める。
革のような厚く高級感のある装丁で表紙や背表紙にはなんの記載も無いが複雑な模様が型押しされている。けれども。
「なん、だ……これ」
本を開いた1ページ目から、見たこともない文字が書き連ねられていた。ページをめくるとずっとその文字でなにかが書かれている。わからないなりに文法じみたものを感じるので恐らくは意味のある言葉が書かれているのだろう。
読めないのでは埒もあかないが、現代では大抵のことは調べれば素人にだってなんとかなる。
そう思って数時間。読み方どころかこの文字の存在すら見つけられない。
考えてみれば“異世界本屋”なのだ。買い取りもしていると言っていたのだから、俺とは違う異世界からの本を買い取って俺に売った可能性は十分にある。
「くっそー、読めない本なんかどうしろってんだよ」
酷い落胆だが本に当たる気にもなれずパラパラ捲っていくと途中から不意にページが白紙になった。
「なんだ?」
戻っていくと、本の中心辺りから先はなにも書かれていない。書きかけの本だったのだろうか。そもそも読めない本に金を払ってしまい散々がっかりしたあとだ。今更なにがあってもどうでもいいが、その不自然さは妙に引っ掛かる。
読めないながらも未練がましくその辺りを行き来していると、どうだろう、突然白紙の1ページに新たな文字が浮かび上がってきたじゃないか。
「なん、だと……」
さっきまで絶対に無かったと言い切れる新たなページには他のページと比べてもやけにびっしりと書き込まれている。
そこでようやく気付いた。よくよく見れば各ページの文の量は一律ではない。一行が短いとかそういうレベルではなく、隙間なく書かれているページがあれば半分ほども余白のあるページもある。
それよりも、だ。
白紙のページに文字が現れるという超常を目の当たりにしてしまった。やっぱり、これが運命の一冊なのか。
とりあえずそれからもずっと本を眺めていたが、夜が明けてもそれ以上ページは増えなかった。
読めない本、けれども超常の現象を起こした本だ。もしかしたらなにかのきっかけで突然読めるようになったり力を発揮したりするのかもしれないと思って肌身離さず持ち歩く。
けれども、本が俺の期待に応えることは……無かった。
待てど暮らせどその文字は読めるようにならず、本がなにか力をもたらしもしなかった。ときどき確認するとページだけは増え続けているみたいだったが、読めないから内容がわからないし前のページとの違いが少ないと増えたのか増えてないのかもわからなくなってくる。
俺は待ち続けた。俺の人生が始まるそのときを。
ずっと待ち続けた。ずっとずっと待ち続けた。ずっとずっとずっとずっと。運命のときが来るのを待ち続けた。
あれからどれだけの時間が経っただろう。もう学校には行っていない。あれだけ煩かった両親はもう三度の食事を持ってくるときにしか部屋の前を訪れなくなった。俺は電気も付けずひなが一日眠っているか意識があってもベッドでぼんやりと過ごしている。
暗い部屋のなかで今日も本を開く。
時計が0時を示すとまた新たなページに文字が刻まれるという法則に気付いたとき俺は新たな発見に小躍りしたが、だからなにが起きたわけでもなかった。
あいかわらずなにが書いてあるのかわからない。
ただ最近刻まれる文字が妙に少ない。ほんの数行で終わっている。
しかもこれは、少ないからこそ読めなくてもわかる。
ずっとおなじ文字列、文面が続いている。
これはなんだろう。
何故毎日出てくるんだろう。
何故このところ毎日おなじ文面なんだろう。
まるで今の俺みたいだな。
そう思いながら、また俺の人生が始まるのを夢見て目を閉じた。
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