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 お母さんからお菓子の入っていた缶を貰った。本がぴったり入った。金庫ほど丈夫じゃないだろうけど、それでも本を守る事はできるだろう。ビニールテープでぐるぐる巻きにした。いつかこの本を開く時がくるのだろうか。それは僕が本当に困った時だ。そんな時が来てほしくない。でもこの本を開いてみたい。僕は机の奥に缶をしまった。僕は受験生なのだ。浮かれてなんていられない。先ずは努力だ。  受験日が近付くにつれ不安はつのるばかり。毎日塾に通ってるし遅くまで勉強している。なのに思うように点数が伸びない。同じ所ばかり間違えてしまう。睡眠時間を削り頑張っている。これ以上どう頑張れば良いのか分からない。もっと良い参考書はないだろうか……参考書?  勉強に夢中ですっかり忘れていた。僕は机の引き出しを全部引き出した。そこには缶に入ったがあった。 努力して努力して、それでも自分の力じゃどうにもならない時に開きなさい  無我夢中で缶に貼ってあるテープを剥がした。そしてそっと本を取り出した。何が書いてあるんだろう。僕はおもむろに表紙をめくった。  そこには僕の苦手な問題が並べられていた。そして丁寧な模範解答もあった。とても分かりやすく解説していて、頭がすっきりと整理されたようだった。例題も用意されていた。僕は繰り返し解説を読み例題を解いた。受験日には苦手な問題も得意な問題に変わっていた。 「え!?」  受験当日、問題用紙を見て息を飲んだ。あの本にあった例題が出題されている。もう何度も解いているから楽勝だ。  僕は志望校に合格できた。  でも、素直に喜ぶ事はできなかった。カンニングをしてしまったような、心の奥に黒いしこりができてしまったような、そんな気分だった。僕は本をまた缶に入れ封印した。  高校生活は厳しくも充実したものになった。成績は何とか上位をキープできた。入試の時あんな本を使わなくても合格できたのではないだろうか。僕は人一倍努力をしてきた。あの時は不安に押し潰されそうになっていて、あんなカンニングまがいの事をしてしまったのだ。あの本は精神安定剤代わりにはなったが、合格は僕の実力だったのだ。そう思うと自信が湧いてきた。  努力は裏切らない。必ず結果を出してくれる。結果が出せないのは不安で実力が発揮できないからだ。それが分かってから僕は自分を信じた。そしてちゃんと結果が出せた。あの本はそれを教えてくれたのだ。
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