タカラ

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タカラ

 きな臭い……煙? 火事!?  慌てて周囲を見回した。あの本屋だった。何故だ? とっくの昔に燃えて失くなったはずなのに。そして異変に気付く。僕の目線が低い。着ている服は学生服だ。  いや、悩んでる暇はない。 「おじいさん起きて! 火事だ!」  一度経験した事だったので、僕は冷静に対応できた。そして前回同様、店舗兼自宅は全焼し、おじいさんは助かった。僕はわけが分からないまま家に帰った。父も母も僕が中学の時の若さだった。  いったい何が起きたのだ。多嘉楽が本を開いて、それから……。  部屋に掛けてあるカレンダーは僕の中学生の年を示していた。みんな夢だったのだろうか。いやそんなはずはない。僕は確かに大人になって真澄と結婚し多嘉楽を授かった。なら何で。まさかこれが多嘉楽の努力の報いなのか? 「俊之ー、本屋のおじいさんが来たわよ」  下から母の声が聞こえた。僕は急いで玄関へ向かった。 「助けて下さってありがとうございました。俊之くんは命の恩人です」  何年か前に聞いたのと同じセリフだ。でも僕の聞きたいのはそんな事ではない。 「では、お元気で……」 「え?」  おじいさんは本も渡さずに帰ろうとした。 「おじいさん、本は? 焼け残った本は?」  僕は本が欲しかった。また努力して真澄と結婚して多嘉楽を娘として迎えたい。今はそれしか考えられない。 「は、本? ああ、これですか」  おじいさんは持っていた本に目を落とした。 「店は全部燃えてしまいました。でもこの本だけが奇跡的に無事だったんです」  それは白い表紙の本ではなかった。表紙からすると絵本のようだった。 「奇跡の本です。俊之くんにも奇跡が起きますように」  おじいさんは僕に絵本を手渡すと、迎えに来た息子さんの車に乗っていってしまった。僕は呆然と車を見送った。僕はあの本が欲しかったのに。あの本は燃えてしまったのだろうか。そもそも存在しないのだろうか。  悔しくて絵本を握り締めた。そして本の表紙を見て愕然とした。 『多嘉楽の宝物』  それが絵本のタイトルだった。
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