託す

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 みんな必死に頑張っている。なのにただ月日だけが過ぎて行く。その間に多嘉楽はどんどん細くなっていく。クレヨンを持つのがやっとだ。努力の報いはいつ訪れるのだろうか。努力は必ず報われるんじゃなかったのか。努力しても努力してもどうにもならないじゃないかーー。 (努力して努力して、それでも自分の力じゃどうにもならないって時に開きなさい)  そうだ、今こそその時なのではないか。  僕は実家に帰った。僕の部屋はそのままだった。学習机の引き出しを開ける。その奥には頑丈にテープで巻かれた缶があった。僕は缶を抱き抱え病院に向かった。途中、信号待ちの間にテープを剝いだ。缶の中には真っ白で汚れひとつ付いていない本があった。  前がボヤけていた。知らぬ間に涙が溢れていた。もうこれしか頼る物はない。どうか、どうか助けて下さい!  久しぶりに見た真澄の顔は以前よりひと回り小さくなっていた。髪はボサボサで顔はカサカサに乾いていた。 「少し代わるよ。たまには喫茶店に行ってコーヒーでも飲んできたら?」  僕の言葉に真澄は一瞬泣きそうに眉を寄せ、すぐに洗面所へ駆け込んだ。しばらくして出てきた真澄の髪は綺麗に整えられ、唇には紅がさしてあった。 「多嘉楽、ママ少し行ってくる。パパとゆっくりお話ししててね」  はずんだ声でそう言うと、真澄は病室を出ていった。思えば真澄だってこの2年間ずっと病室にいたのだ。化粧もせず、美容院にも行かず。話をするのは多嘉楽か病院の職員だけだ。今まで気遣ってやれなかった自分が情けない。 「パパ、今日はお仕事お休みなの?」  すっかりお喋りもできるようになった多嘉楽が途切れ途切れ聞いてきた。好奇心に満ちた目だけは年相応な子どもの目だ。でも顔色は青白く、骨格が分かるほど痩せていた。 「今日は多嘉楽に本を持ってきたんだ」  僕は多嘉楽に真っ白い表紙の本を渡した。  僕も、真澄も努力してきた。でも一番努力して辛さや痛みに耐えてきたのは多嘉楽だ。多嘉楽の努力だけ報われてくれたらそれでいい。 「何の本?」 「努力が報われる本だよ」  僕は多嘉楽に本を託した。
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