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「でもクレオパトラって、カエサルの食べ残しだからなぁ」
今まであまり発言しなかったその男。男性側席端にゆったりと座る一際端正な顔立ちの男は、梅酒ソーダ割りをカランコロンと混ぜながら、そんなことを言いだした。
「食べ残し?」
晴奈が目をキョトンとさせて、口に出す。
「はい。シェイクスピアの『アントニーとクレオパトラ』の中にそういう一文があるんですよ。
ローマと手を組もうと将軍カエサルを誘惑したクレオパトラが、カエサルが死んじゃったから仕方なく、今度はカエサルの部下のアントニウスを誘惑するんですよね。そのクレオパトラをアントニウス側から見ると、『カエサルの食べ残し』。なかなか強烈な表現ですよね」
「お。さすが歴史や文学大好き篠田くん。やっとまともに発言したな。コイツ、自分で小説とか書いてて。シェイクスピアのこともすげー詳しいんですよ」
「えー?シェイクスピア?なあにそれ、楽しいの?」
キャッキャと馬鹿みたいに盛り上がる男女を眺めながら、晴奈ことクレオパトラは自問自答していた。
私が?
カエサルの?
食べ残し?
誰だそんなこと言ったやつ。
シェイクスピア?――知ってる。イギリスの有名すぎる劇作家だ。アイツが私とアントニウスのことを書いているのは知っていた。だが読んだことはなかった。だから自身がそんな風に書かれているなんて、ちっとも知らなかった。
私が、カエサルの、食べ残し…
確かに、
カエサルは私を置いて行ってしまったが……
それでも……
食べ残し?
何を言っている。
シェイクスピアとやら、私の何を知っているというのか。
フツフツと何かが煮えたぎり、吹きこぼれた。
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