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父親が怪訝そうな表情で私を見てくる。それを無視して彼女の右足に視線を移すと、確かにぶくぶくと赤黒く腫れていて触れば破裂してしまいそうなほど症状が進行している。こういうことに詳しいわけではないけど、放っておけば全身に回って死に至るのは間違いない。
「すごく痛いけど……我慢してね」
彼女は返事の代わりに小さくこくりと頷いた。
私は右手の手袋を外して、まだ助かるだろう太腿の少し下側に触れる。瞬間、彼女は苦悶の表情を浮かべ絶叫する。それもそのはず、足は腐り始めたのだから。辺りには鼻をつんざくほどの腐敗臭、どす黒い血の匂いが混じり合って徐々に強くなる。ゾンビ映画に出るような爛れた皮膚は足を蝕む。次第に穢れは進み、間もなくして太腿より下は千切れ落ちてべちゃりと音を立てた。変わり果てた足はもはや人間のものとは思えない。
野次馬も父親も目の前で起きたことが理解できずに絶句、彼女も痛みのあまりに気絶してしまった。
「なんてことを……待て」
あの子の命は助かった……それなのに父親は憎悪の眼差しを向け、怒りのあまり喚き散らす。それを振り切るようにして走り出と、片足の失くした娘を放置するわけにもいかず父親はすぐに追うのを諦めてくれた。それでも私は足を止めない、一刻も早くこの場から離れて誰もいない所へと行きたかった。
人体が腐り果てるところなんて見慣れるわけがない。鼓膜を破るほどの叫び声がいつまでも頭の中で反響して、痛みと不安でぐしゃぐしゃになった表情が心を刺す。でも、それは全部私が引き出してしまったもの……選択して実行した結果。指先に感触が残っていて忘れることはできない。
「うっ……うえっ……」
急に走り出したからか、それともフラッシュバックしたせいか、胃が熱くなり思わず立ち止まってしまう。そのまま口元を抑えるも、喉の奥から湧き上がってくる酸っぱい臭いにやられて嘔吐してしまう。食事もしてないのに、この胃液を止めることはできない。
こんな力なら無いほうがいい。理不尽に与えられた自分の能力を恨み、
大粒の涙が頬を伝う。
「また新しいスーツ買わないと……」
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