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「この本は、私の本なのよ」
「え? どういうこと? ばあちゃんの本だって、どうしてわかるの?」
翠は、訝し気に私を見つめた。
「ううん……この"北野リラ"はね……私なの」
「へぇ~……って、は? え? えぇぇぇぇ?」
私の突然の告白に、翠は驚倒した様子で目を見開き、耳がおかしくなるくらい大きな声をだした。
「え、何、ばあちゃんがこの本の著者ってこと? え、すごくない? 作家だったの? 何で? 何で隠していたの?」
翠が早口でまくし立てる。
「そんなにすごいものじゃないのよ……」
私がそう言うと、今度は黙って口を閉じ、体を前のめりにさせてゴクリと唾を飲み込んだ。
興奮する翠の様子に、なんだかとても申し訳ない気持ちになる。やっぱり言うんじゃなかったと後悔して、私は目を伏せた。
たった数秒の沈黙が息苦しい。
私は鼻から大きく息を吸い込んで、ふぅと一息ついてから、溜めていたものを吐きだすように話し始める。
「あの人……翠のじいちゃんね、印刷会社の社長の跡取り息子だったのよ。それでね、出版社にちょっとしたコネがあって二百冊だけ……。あの頃は経済が潤っていたから。ほんのお遊びみたいなものだったのよ……」
あの頃の記憶が蘇り、悪戯っ子のように笑う夫の顔を思い出した。
私が書き上げた作品が紙に印刷されて、製本されて、形になっていくところを、二人並んで眺めていたっけ……。
そして、小さな書店の片隅に置いてもらった時の、あの小躍りしたくなるような胸の昂りが呼び起されて高揚する。
――だが、それもほんの束の間。
すぐに黒く塗りつぶしたくなる思い出までもが想起されて、胸が締め付けられるように苦しくなった。
「ばあちゃん……」
翠が目を細めて私を見つめた。
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