群青に溶ける

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「ねぇ、ばあちゃん……もう書いてないの?」  翠の問いかけに、私はドキリとする。 「本当にお遊びだったのよ。他人様に読ませられるような物じゃなかったの……だからもう……」  私は翠から目をそらした。  ひと月、半年、一年……本はちっとも売れず、売れ残った私の本たちが山積みにされた悲しい光景を思い出す。  落胆する私の姿を見ていられなくなったのか、夫は私に隠れて本を買い占め、知り合いに無償で配りだした。  そのことを知ってしまった時、私がコツコツと積み上げてきた自尊心や誇りなんかが、音を立ててガラガラと崩れ落ちるのを感じた。  私はいたたまれない気持ちになり、もう二度と小説なんぞ書くまいと筆を折った。そして、そんな時に妊娠が発覚し、生活の中心が子育てになって……夫が病気になって……。 「じゃあ、もう書いてないの?」  翠の問いかけに、私は黙った。  何十年も経って、私はまた性懲りもなく数年前からひっそりと執筆を再開していた。  誰に見せるわけでもなく、ただ、書くことの楽しさを一人噛み締めていたのだ。
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