群青に溶ける

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『ばあちゃん、やっほー!』  私のタブレットパソコンの画面に、満面の笑みを浮かべた翠の顔が映し出される。   「翠、コメントにも書いたけど、新作すごく良かったわよ。冒頭の伏線がちゃんと活きてて、まさかのどんでん返しにパソコンの前で唸ったわ」 『ありがとう。リラさんにそう言ってもらえると自信になる。リラさんの連載も毎日ハラハラさせられてるよ! さすがの筆致だよ』 「うふふ、嬉しい。ありがとう」  翠が東京に帰った後、私と翠は、時々こうしてテレビ通話をするようになっていた。  さらに私は、勧められるがままに小説投稿サイトに登録して、再び"北野リラ"として活動を始めたのだった。   『それにしても、ばあちゃんってば、筆が早いっていうか……タイピングが速くて驚きだよ』 「あら、舐めてもらっちゃ困るわね。私の時代にはワープロっちゅーもんがあったのよ!」 『私なんかもっぱらスマホ……』 「私がスマホでなんて書いたら、短編一作品書くだけでも寿命が尽きちゃうわ」  私のちょっぴり黒い冗談を、翠は盛大に笑ってくれる。  相変わらず奇抜な髪の色をしているし、左耳に三つ目のピアスの穴を開けたのだとか。  何が良いのか、最近の若者の流行は理解に苦しむが、翠の屈託のない笑顔は私に活力を与えてくれる。それと……  ピンポーン♪    インターフォンが鳴り、私は時計を見た。約束の時間ぴったりだ。 「あ、もう一人の孫が来たわ。カレー作り過ぎちゃって、食べてもらおうと思って呼んだの」 『え? もしかして先輩? ばあちゃんってばズルい! 私も行きたーい!』  画面の向こうで翠が嘆いた。 「うふふ、後でまた通話しましょ」 『私のばあちゃんなのに……私の先輩なのにぃ~……』  翠はそう頬を膨らませたが、どこか嬉しそうに笑っている。 「翠、ありがとうね」 『うん、じゃあまた後で』  齢七十にして、まさかこんな新しい生活が送れるなんて思いもしなかった。  私の日常は、あの日から変わっていった。  あの日、翠が来なければ……翠があの本と出会わなければ……。  まさに、運命の悪戯。  小説は私の生きるよすが。  通話を切って、デスクの目立つ場所に飾ったあの本を見やる。  この一冊が私の原点。私はこの先も書き続けることを決めたのだ。  人生の晩年は、まさに夕暮れ。  沈みゆく太陽のように、命の灯火が消えるその時まで、私は美しく輝いて、群青に溶けていきたい。  
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