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やりたくない気持ちとは相反するように、俺の手はいつの間にか雑巾を水につけて固く絞っていた。
先輩……もうちょっと待っててください!!
雑巾を床に広げると、俺は猛スピードで床を拭き始めた。
**********
窓から差し込む陽の光が傾き始めた頃、俺はようやく掃除道具を片付けることが出来た。
「つ、疲れた……」
布団カバーなどが入ったカゴをよっこいしょと持ち上げて運ぼうとすると、遠くから歩いてくる武縄先生が見えた。
げ…………
俺はなるべく目が合わないように視線を逸らして通路の端を通ろうとしたが、それが上手くいくはずもなく……
「おいおい、無視しようとしてるよな?」
ニヤニヤ顔の武縄先生に進路を塞がれた。
「もうおまえ1人だけだそ?よく頑張ったな」
「先生が手伝ってくれなかったおかげさまでね」
「まさかこんなに真面目に掃除するやつがいるとは思わなかったからな」
そう言う先生の手には紙パックのバナナオレが握られている。
「ほら、これやるから元気出せよ、真面目ちゃん」
「え……いいんですか?」
正直美味しそう。
でもなんかこれで上手いこと丸め込まれてる気がする…………
でもでも!疲れているところに甘い飲み物をチラつかせられたら誰だって我慢できないよな?え?俺だけ?
本日2回目の葛藤を経て、俺はおずおずと手を伸ばしてそのバナナオレを受け取った。
「許してませんからね……」
「はいはい」
ニカッと笑った武縄先生は何故か楽しそうに俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。
俺は犬かよ……
そんなことを思っていたちょうどその時。
背後から聞き慣れた声で名前を呼ばた。
「緒里」
完全に人がいないと思っていたためその声にびっくりする。
「先輩……!」
振り向くと、そこには微かに笑う黒永先輩が立っていた。
しかしその目は死んだように光が無い。
「先輩?」
先輩はこちらに近づくと、俺の頭を撫でていた武縄先生の手首をガシッと掴む。
「人の子に勝手に触らないでください」
「ははっ!悪い悪い、可愛かったからついな」
先輩は俺の肩を抱き寄せると、そのままその場を立ち去ろうとする。
「あ!洗濯物!」
「いいよ、あの人にやらせとけば」
い、いいのか……?
後ろを振り向くと、武縄先生が手でグッドサインを出している。
もしかしてあの人先輩が来てるの知っててわざとやったのか……?だって先生の方からだったら確実に先輩が見えてただろうし。
よく分からんけど仲直りの手助けをしてくれたのかな?
まあそういうことなら掃除をほっぽったことはなかったことにしてあげなくもない。
俺の肩を抱く先輩は無言だが、穏やかな雰囲気ではない。
嫉妬した…………とか……………?
思わずニヤけそうになる口に力を入れる。
「先輩なんでここにいるんですか?」
「……帰りが遅かったから……心配で」
気まずそうにそうつぶやく横顔は意図的に逸らされているのか、表情があまりよく見えない。
また俺の心配を…………
「俺、先輩がなんで怒ってたのかちゃんと分かりました。心配したんですよね?」
そう言うと先輩はようやく俺の顔を見る。
「先輩に危険なことはしないって言ってたのに、俺……悠里がボロボロになってる姿を見たらカッとなって……」
「……気持ちは分かるけどもうああいう事はしないでくれ。たまたまあの時は反撃されなかったかもしれないけど、君が人を殴った瞬間、君の身に何か起こるんじゃないかと本当に生きた心地がしなかった」
俺を抱く先輩の手に力がこもり、その表情も苦しそうになる。
俺はその手をギュッと握ると、自分の頬にスリスリとする。
「安心してください、もうあんなことは二度としないので」
「うん……」
引き寄せられるようにお互いに腕を背中に回すと、ここ数日の寂しさを埋めるように、苦しいくらいに抱きしめ合った。
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