したっけ

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「睦月ずっと私に謝り続けてたでしょ?」  無言で俯く睦月を覗き込むと。 「謝ることしか、できねえって」  苦しそうな声でそう呟いた。  やだなあ、睦月のこんな顔を見るの。  こんな風にきっと十年も苦しませてしまったのか……。 「言ったでしょ、あれは咄嗟に体が動いちゃっただけなんだって。でもさ、睦月が生きててくれたって知れて、本当に良かったって思ったんだ、さっき」 「さっき?」 「そう、ついさっき。睦月の声が聞こえて、目が覚めたような? そしたらさ、目の前に大人になった睦月がいるんだもの。最初はビックリしたけど」  母さんと睦月の話しを聞いて、自分があの事故で死んだことを理解したこと。  十年もの時間が流れ、あの時、睦月が助かっていたことを知り、心の底から嬉しかったこと、そして。 「結婚、おめでとうね、睦月」  それも聞かれていたのかと、観念したような大きなため息をこぼした睦月は、膝を抱えて水面を見つめている。 「あの日に戻れたらって何度も思ってたんだ。朝、目が覚めて全部夢だったら。そう願って学校に行っても、奈緒はいない。あの日をやり直せたら、二人で東京に出て、きっと何度もケンカして仲直りして。そうしていつか奈緒と……。ずっと奈緒と生きていたかった」  睦月のくぐもった声を聞きながら、目を瞑り、想像する。  大学の帰り、時々待ち合わせて東京の街を迷いながらデートをする。  その内、きっと週末はどっちかの家で過ごしたり。  卒業して、それから睦月はバスケの実業団とか、もしかしたらプロになってたり。  私はきっと睦月の近くにいて、保健の先生をしながら応援をする。  私、あまり料理は上手じゃないから、ちゃんと母さんに習っておかなきゃ。  じゃなきゃ、きっと睦月のお嫁さんには……、そんな妄想まで抱いてしまった自分に苦笑した。 「睦月、バスケは続けてる?」 「ケガばっかで、大学卒業してからはもう」 「今はなにしてるの?」 「雑誌の編集者。料理本作ってるとこ」 「へえ、雑誌の編集者ってなんかかっこいいね! 睦月もそういうの見て料理とかするの?」 「まあ、一人暮らし長かったし。割と上手いよ」  私の知らない十年の中で、睦月は大人になっている。  私の想像とは違う大人になっていて、そりゃそうだよねと笑いながら。 「奥さんは? どういう人? 私に似てたりして?」  からかうように、冷やかした。  全然似てないよって、笑ってほしくて。  そしたら、好みが変わったんだね、って笑い返せるのに。  だって、そうじゃなきゃやりきれない。  心の奥のモヤモヤをニヤニヤに変えて、さあどうぞと返事を待つ私に、睦月は諦めたようにため息交じりで。 「ケンカすると泣くし、優しいところも、奈緒と似てるかもな。笑うとエクボの出るとこも」  一瞬で、笑顔が凍り付く。  なによ、それ。なんなの、それは。 「奈緒……?」  急に押し黙った私に気づき、顔をのぞきこむ睦月に、思いきり舌をだす。
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