37人が本棚に入れています
本棚に追加
*
「最近、正樹に腹立つんだ。私が告白してOKをもらった時がピークだったかも。あいつ、私の授業が終わるまで何時間か図書室で待っているの。静かに勉強して待つ、とかオーディオ室で洋画を観ているならいいよ。
でも、友達を何人か連れてずっと喋ってるの。それを見たら、冷めてきちゃって。この前なんて図書室の先生に、私まで注意されたんだから」
意識が混濁するなか……先程まで向かっていた洋食屋に私はいた。
いや──この声は早紀だ。
知らない友人と話す早紀と、私は同化していた。彼女の背後に透明な私が立つ、そんな感覚。主観視点の動画のようだ。
でも、動画の視聴者と異なる点がある。滑らかに彼氏への不満をかたる、彼女の唇。それが動く感覚があった。
今、感じるのは【嫌悪と躊躇】。彼氏には失望しているが、別れて孤独となるのも嫌だ。
私は「二つどっちも取ろうとしているから辛いんだよ」と諭してやりたいが、彼女には届かない。向こうの感情が一方通行でやってくるだけ。気持ちは把握できるが、傍観者に過ぎず、早紀を慰めてやることもできない。
厨房から店長が料理を運んできた。早紀の視線が話し相手から、そちらに移る。
茶色の濃淡がまだらな木の柱のむこうに、料理の載った皿が見えた。私もよく頼む人気メニューだ。瑞々しいレタスと細長く切られた人参。噛むと肉汁があふれるハンバーグに、柔らかな白い丸パンが添えられて。
早紀はまずナイフで丸パンに中央から切れ目を入れ、バターを塗っていく。
続いて切ったハンバーグを口に放りこむ。【旨み】が私にも伝わってくる。
目の前にいる早紀の友人が口を開いた。
「正樹と話しあいなよ」
「いやー。形はどうあれ私を待ってるから怒りづらい」
「別に怒らなくても、落ち着いて話をすれば。好意でしていても、早紀の迷惑になるかを考えて欲しいよね」
早紀は友人の言葉に我が意を得たりと、うんうん頷く。「そう言えば他にも──」と不満に思うことをあげつらっていく。
私は、早紀が恋人を作っても長続きしない事を思いだした。
最短記録は一週間。月曜日に付き合い、日曜の夜に洗面所で髪を乾かしながら、どう別れ話を切り出すか考えていたという。
本人が男性に惚れやすい。男の方でも、小柄で可愛らしい顔立ちの早紀を放っておかない。需要と供給がぴたりと成立するので、早紀に彼氏は途切れない。
だけど、追いかけていた相手が振り返ると、彼女は途端に冷めてしまう。
最初のコメントを投稿しよう!