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* 「最近、正樹に腹立つんだ。私が告白してOKをもらった時がピークだったかも。あいつ、私の授業が終わるまで何時間か図書室で待っているの。静かに勉強して待つ、とかオーディオ室で洋画を観ているならいいよ。 でも、友達を何人か連れてずっと喋ってるの。それを見たら、冷めてきちゃって。この前なんて図書室の先生に、私まで注意されたんだから」  意識が混濁(こんだく)するなか……先程まで向かっていた洋食屋に私はいた。  いや──この声は早紀だ。  知らない友人と話す早紀と、私は同化していた。彼女の背後に透明な私が立つ、そんな感覚。主観視点の動画のようだ。  でも、動画の視聴者と異なる点がある。滑らかに彼氏への不満をかたる、彼女の唇。それが動く感覚があった。  今、感じるのは【嫌悪と躊躇(ちゅうちょ)】。彼氏には失望しているが、別れて孤独となるのも嫌だ。  私は「二つどっちも取ろうとしているから辛いんだよ」と(さと)してやりたいが、彼女には届かない。向こうの感情が一方通行でやってくるだけ。気持ちは把握できるが、傍観者に過ぎず、早紀を慰めてやることもできない。    厨房から店長が料理を運んできた。早紀の視線が話し相手から、そちらに移る。  茶色の濃淡がまだらな木の柱のむこうに、料理の載った皿が見えた。私もよく頼む人気メニューだ。瑞々(みずみず)しいレタスと細長く切られた人参。噛むと肉汁があふれるハンバーグに、柔らかな白い丸パンが添えられて。  早紀はまずナイフで丸パンに中央から切れ目を入れ、バターを塗っていく。  続いて切ったハンバーグを口に放りこむ。【旨み】が私にも伝わってくる。  目の前にいる早紀の友人が口を開いた。 「正樹と話しあいなよ」 「いやー。形はどうあれ私を待ってるから怒りづらい」 「別に怒らなくても、落ち着いて話をすれば。好意でしていても、早紀の迷惑になるかを考えて欲しいよね」  早紀は友人の言葉に我が意を得たりと、うんうん頷く。「そう言えば他にも──」と不満に思うことをあげつらっていく。  私は、早紀が恋人を作っても長続きしない事を思いだした。  最短記録は一週間。月曜日に付き合い、日曜の夜に洗面所で髪を乾かしながら、どう別れ話を切り出すか考えていたという。  本人が男性に惚れやすい。男の方でも、小柄で可愛らしい顔立ちの早紀を放っておかない。需要と供給がぴたりと成立するので、早紀に彼氏は途切れない。  だけど、追いかけていた相手が振り返ると、彼女は途端に冷めてしまう。
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