赤点君

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 落ち零ればかりを集めた私立明日香南高校の一年生有村マサトは期末試験で惨憺たる成績だった。 高校のレベルが低いから、教科書も易しめのものが配布されている。しかも、テストに何処が出るか教科担任があらかじめヒントをくれている。にもかかわらず。点が取れない。「自分もだけどクラスの雰囲気も学校全体の雰囲気も諦めている。それが理由だ」  マサトはそう言い訳をした。  今日は世界史の模擬試験の日だった。 開いたこともない教科書。周囲の殆どのクラスメイトも試験だというのに騒ぎまくっている。諦めも通り越して彼らはこの調子で社会に出て行くんだろう。社会はそんな人間を優しく受け入れてくれるほど甘くはない。ならどうすべきか。それはマサトにもわからない。試験前にマサトは珍しくパラパラと世界史の教科書をめくった。 「今更何になるんだ。こんなことしても無駄なだけなのに」  そう言いながらパラパラめくっていると、トロヤを発見したシュリーマンの写真がたまたま目にとまった。 「トロヤの木馬ってパソコンのウィルスじゃね」  くだらないことを考えているうちに、世界史の担任の先生がやって来て試験用紙を配り始めた。 「じゃ、はじめてください」 「……」  試験は終わった。いつもマサトは零点だったが今回はなんと五点だった。  たった一問正解した。  トロヤを発見した人物を問う問題が出たからだ。 (トロヤを発見したシュリーマンってどんな人間だったんだろう)  学校の帰りがけ、悪友の誘いを断ってマサトはスマホでシュリーマンを検索した。そしてその人物の書き残した伝記があることを知った。運命の一冊ともいえる、古代への情熱、という本だ。さっそく都内の書店で文庫本を発見、購入した。  マサトは家に帰り着くなりむさぼるようにその本を読んだ。そして貧しかったシュリーマンがどうやって四十カ国以上の言語を身につけたのか理解した。  その日からマサトは人が変わったように勉強をはじめた。シュリーマンの学習方法は語学以外の教科にも応用が利くことに気づいたから。 「ぼくの夢はシュリーマンのような大商人になることだ。そして世界中の人と話をしたい」 学校の成績は飛び抜けて良くなったマサトは、大学に入ってからも学び続け、夢に向かって走り続けた。                        了
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