本編

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 11月。クリスマスまであと1ヶ月を切った午後3時半。  若手のサンタクロースとトナカイは2人きりの作業部屋で担当ブロックのプレゼント整理とリサーチ作業をしていた。 トナカイ「3ブロック目担当さんさぁ、もう3分の2終わったらしいよ」  トナカイがリサーチデータを事務担当へファックスしながら言った。 サンタ「あぁ……。そうなんだ」  仕上がったプレゼントボックスを袋に詰めながら、サンタは暗く静かに反応した。 トナカイ「あと、12ブロック担当さん、トナカイ解約したらしいよ」  ファックス資料をクリアファイルに原本保存すると、コーヒーを一口飲んだ。 サンタ「あっ、そう……」  再び暗く静かな反応。 トナカイ「なんか、運転が荒くて契約解除になったらしい」  コーヒーを飲み下すと、呆けながら言った。 サンタ「そう……」  三度静かな反応。 トナカイ「どうした? 相棒。いつにもまして、元気ないじゃん」  コーヒーのグラスをデスクに置いた。 サンタ「トナちゃん。訊いてくれる……?」  手を止めて訊いた。 トナカイ「うん。なに?」  サンタの方へ向いて反応した。 サンタ「オレさ、もう辞めようと思うんだよね……」  不安そうに怖々と言った。 トナカイ「なにを?」 サンタ「仕事……。結構真剣に」  トナカイの問いに即座に返された。 トナカイ「仕事?」  確認のように反芻した。 サンタ「うん」  頷きで返された。 トナカイ「そりゃまたどうして?」  素直に訊ねた。 サンタ「いや言うけどさ、トナちゃん。オレ、もう、納得いかねぇんだよ。この状態とか状況とかに」  袋詰めスペースから立ち上がり、隣の席に座りながら言った。 トナカイ「うん」  相槌を打った。 サンタ「存在意義というかさ……。価値がないと思うんだよね……」  隣のデスクに置いてあるボールペンを弄びながら言った。 トナカイ「そんなことないでしょ」  トナカイは気遣うように、ペットボトルを手にすると、サンタのグラスにブラックコーヒーを注ぐ。 サンタ「じゃ、言ってみ。オレらの仕事」  感謝の意を込めた会釈をすると、サンタは話を振った。 トナカイ「サンタクロースと、そのトナカイ」  注ぎ続けながら、淡々と答えた。 サンタ「そうでしょ。オレら、サンタクロースでしょ? もう納得いかねぇんだよね」  グラスの中身を一口飲むと、苦い表情をしながら言った。 トナカイ「何がよ」 サンタ「だってさ、現代におけるサンタクロースの扱い見てみ」  ボールペンを粗雑に放って言った。そして一息おいて口を開く。 サンタ「赤い上下服と白い髭だけつければ、サンタクロースって認識されるんだぞ。もはやファッションじゃん。しかもその延長で、コスプレ扱いでミニスカサンタとかいうのもあるじゃん」  呆れながら語り始めた。 トナカイ「うん」  静かに相槌を打った。 サンタ「ここまで来ると、もう人物を指してないんだよ。年齢も性別も国境も国籍も人種も、なんにも関係ない。自己顕示欲を絡めた概念とか文化的なだけの、ちょっと曖昧な存在なんだよ。本物を差し置いてだ」  呆れた表情で首を左右に何度か振りながら言った。 トナカイ「でもさ、それだけ俺らが人間社会の文化に根付いてるってことだから、いいんじゃないの?」  別の書類に記入作業をしながら訊いた。 サンタ「違うんだって。そうなると、本物の存在意義がなくなるんだよ。サンタの格好してる人がプレゼント配るだけで、サンタクロースっていう認識。じゃあ、ホントにプレゼント配ってる本物のサンタであるオレらは何?」  コーヒーを一口飲むと、サンタも作業に戻りながら言葉を返した。 トナカイ「何って。サンタはサンタだろ」  軽く微笑みながら言った。 サンタ「何が本物かも分かんねぇ扱いになってるでしょ? あとさ、別にサンタクロースじゃなくてもいいなって思って」  中くらいのプレゼントを袋に入れて言った。 トナカイ「と言いますと?」  書類に付箋を貼って訊いた。 サンタ「だってさ、職場とか家族とか友人とかさ、身近な人がプレゼントをくれるケースだってあるじゃん。もう文化形態とか根づき方が違ってきてるんだよ。何もさ、サンタクロースがプレゼントをって感じじゃないよ」  肩をすくめ、さらに呆れた表情になりながら言った。さらに口を開く。 サンタ「それとさ、クリスマスじゃなくても、日頃の感謝を込めて普段からプレゼントをあげるってことも大切なんじゃないの? ってなると、身近な人とか好きな人からプレゼントをもらうのが嬉しいわけだからさ、ますますオレらじゃなくてもいいじゃん」  プレゼントに関する持論を展開した。  トナカイは作業しながらも相槌を打った。 サンタ「大体さぁ、サンタクロースって何?」  サンタは、まだ不満そうに言葉を続けた。 トナカイ「何って。クリスマスプレゼントを届ける親切なおじさまだろ。詳しくは知らんけど」  書類を仕上げると、今度は飴玉を口に入れて反応した。 サンタ「おじさまとか言うけどさ。オレ、今年で26だよ」  プレゼント袋を仕上げると、端へ移動させて言った。そしてスペースに戻り、別の袋を広げる。 トナカイ「子どもからしたらおじさんなんじゃないの?」  訊きながら、リサーチデータチェックに移った。 サンタ「年齢としては若年層なのに、なんでおじさん扱いなんだよ」  感情に任せて袋を広げると、クドクドと言葉を口にした。 トナカイ「でもそう言うこというと、ベテランサンタに小言言われるぞ」  飴玉の強烈な甘味をブラックコーヒーで中和させながら言った。 サンタ「若造がコラ、とか? 大体さ、若手サンタがいることも世間に理解されてないことも問題がある。情報が表に出なさすぎる。不透明なんだよ」  今度は、世間に対する理解について、持論を展開した。 トナカイ「んなこと言ってもさ、この業界自体ファンタジーで売ってんだから。表に出なくて当然だろ」  業界に根強く残る暗黙のルールを口にした。  そして、資料をサンタに渡した。 サンタ「あとさ、私生活に支障が出てる」  資料を受け取りながら言った。 トナカイ「何?」 サンタ「名前聞かれた時、気まずすぎる」 トナカイ「何が?」 サンタ「オレ、本名、三田なんだよ」  作業の手を止めて、トナカイの方へ顔を向けて真剣な表情で言った。  言い終わると、資料にマーカー線を引いていく。 トナカイ「ミタ?」  初めて本名を聞いた。いつもサンタとしか呼ばないから。 サンタ「三田さんがサンタやってるとか、色々イジられるんだよ。特にベテランサンタとかに色々言われる。ダルいし、ウザいし、メンドい」  本当に嫌なのだろう。真剣な口調で言った。 トナカイ「まぁ、ベテランのノリは、ウザいとこもあるけど」  実際、昔ながらの気質空気が漂うところもある。トナカイ、いわゆる気の合うパートナーとだけで静かに、真剣に仕事をしたいと常々思っているサンタの彼には、過剰な関与は嫌悪の領域なのかもしれない。 サンタ「あと私生活の問題が、もう一つある」  マーカーの色を変えて言った。 トナカイ「何?」 サンタ「この仕事、モテない」 トナカイ「えっ? お前、モテのためにサンタやってたの?」  これも初めて聞いた。普段、比較的真面目な彼としては意外だ。 サンタ「不純な動機なのは、自覚してるさ。この仕事7,8年くらいやってるけど全然モテない……。あまりにもモテない……。私生活に彩りがないから仕事も楽しくない」  動機を口にしながら、プレゼントを仕上げて、袋に入れた。 トナカイ「それは君自身の問題なんじゃない?」  お互いに正論のようで、やや冷たい言葉を言った。 サンタ「大体さぁ、『夢売り商売だから仕事のこと、絶対秘密ね』とか。縛りすぎ。姿見せない下支えすぎてモテない」 トナカイ「華あるようで、華ないからな」  再び業界の特徴を、お互い口にした。 サンタ「しまいにゃ、令和になってからプレゼント配布しても、『えっ、何? 怖っ!』とか不法侵入通報だぞ? やってられるか!」  2年前くらいの実体験を口にした。どの時代でも親切心が裏目に出ることはあるようだ。 トナカイ「荒れてはるで。そうは言うけどさ。この仕事に楽しいこととかないの?」  マーカーの引かれた資料をもらって訊いた。 サンタ「ほぼないね。先輩、後輩、上司、ベテランとの話や人間関係は面白くないし……。子どもの笑顔は、不法侵入通報だので最近見えてないし……。プレゼントは重いし、煙突のススで汚れて臭いし、トナカイ飼育場は汚いし」  職場の人間関係やサンタ業界の3Kを口にした。本当に荒れている。普段、我慢していたものがここにきて爆発したのかもしれない。 サンタ「強いて言うなら、トナちゃんが相棒だってことくらいだな」  これは普段からよく言っている。  よく感謝の言葉を口にしたり、君が相棒で良かったなどと口にしてくれる。  彼の素敵なところだ。 トナカイ「あっ、うん。ありがとう……」  何度も言われてはいるが、何度聞いても照れる。 サンタ「あっ、思い出した。あともう一つの不満」  こちらの照れをお構いなしに言った。 トナカイ「何?」 サンタ「この仕事、潰しが効かない」 トナカイ「はっ?」  考えてこともない不満に、トナカイは思わず間抜けな反応が出た。 サンタ「空中の運転なんて、ほぼほぼトナカイ本人との連携だし。プレゼント配布なんてある意味誰でもできるし。応用が効かない」  もう一つのプレゼント袋を完成させると、休憩もかねて隣の席に移動してきた。  そして、コーヒーを一口飲むと、首を左右に何度か振りながら続ける。 サンタ「オレ、もう嫌だよ。概念とか文化のためだけに仕事するの……。向いてねぇんだよ……」 トナカイ「そんなことないだろ。実質ここまで仕事やってんだから。ずっとサンタでいればいいだろ。赤い衣装と白い髭で頑張ればいいだろ?」  実際、よき相棒としてここまで頑張ってきた。  辞めるのは自由だが、彼以上に良いサンタは、そうそう組めるものじゃない。 サンタ「髭嫌いなんだよ」  台無しだ。 トナカイ「サンタとしてのアイデンティティ、消えるわ」  思わず即座に返した。 サンタ「清潔感ないだろ」 トナカイ「追い討ちかけるな」 サンタ「実は最近、クリスマスシーズンにもトキメキを感じなくなってる」  悩んでいるようで、少し下を向いて言った。 トナカイ「嘘だろ? 一番の仕事時期だって言ってたじゃん。糸切れすぎだろ」  思わず、サンタの方を向いて訊いた。 サンタ「ゆくゆくは、プレゼントリサーチ班とか整理班に回ろうかなって」  リサーチ班と整理班は、同じサンタでも裏方の仕事だ。現場で動くことはなく、指示出し業務のため、現場からの評判は悪いものがある。 トナカイ「おい、サンタはプレゼント配布してなんぼって言ってたじゃんか」  コンビを組んだ当初、生き生きと頑張っていた彼が情熱を持って言っていた言葉だった。  お互いに頭を抱える。ここまで悩んでいたとは。 トナカイ「そうだ。お前にとってソリは? プレゼント乗せて走るソリはなんだ?」  頭を抱えて思い出し、訊いた。  悩んでいても情熱が変わっていなければ、当時の言葉が返ってくるはずだ。 サンタ「ただの組み木だ」 トナカイ「マジかよ……。ソリはサンタのオープンカーって言ってたじゃんか」  あまりにも当時とはハズレた回答だ。 トナカイ「じゃあ、靴下は? 君にとって靴下は?」  再び訊ねた。 サンタ「衣類の一種だ」  再びハズレた回答。 トナカイ「クリスマスツリーは?」 サンタ「ただのインテリア」  ハズレ。 トナカイ「クリスマスのイルミネーションは?」 サンタ「一時的な光のサブカル」  ハズレ。 トナカイ「ちょっと待ってくれよ……。それらが揃ったら、モチベーション高くなってたじゃん。オレらの出番だって、楽しそうに仕事してたじゃねぇか」  怒涛の回答に大きなショックを受けた。 サンタ「もう、あの頃には戻れねぇよ」  今日だけで何度か見た、首を左右に振りながら悲しそうに答えた。 トナカイ「トナカイのおれはどうなるの?」  手に持ったボールペンで、自分自身を指して訊いた。 サンタ「隠居生活じゃない? 君と相棒でオレは幸せだったよ」  何度か相槌を打ちながら言った。  言葉は少し嬉しいが、あまりにもなんというか……。 トナカイ「無責任だよ……。はぁ」  静かにため息をついた。  同時に、肝心なことが気になった。 トナカイ「じゃあ訊くけど、サンタ辞めたら何の仕事したいの?」  実際、肝心な問題だった。回答によっては、応援するかしないかが変わってくる。  永遠よりも長いような一瞬の後、サンタの彼は口を開いた。 サンタ「それはズバリ、郵便局員」  暖房設定の空調機の稼働音が響き、換気扇の音が聞こえる。  徐々に思考が戻って来た中で、トナカイは素直に言葉を伝えた。 トナカイ「それって、今とさほど変わんねぇじゃねぇか……?」  その後、挑戦も兼ねて郵政中途採用試験を受けたが、トナカイ免許しか所持してなかったため、面接時で不合格となり、彼はサンタクロースの仕事に戻った。 【終】
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