アレンの贈り物

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 10月31日。冷たい秋風が枯葉の残る枝を揺らし、ハロウィンの夜が静かな住宅街に降りた。子供たちは仮装をし、かぼちゃのランタンの灯りの下で「トリック・オア・トリート!」と、元気に叫びながら、家々を回ってお菓子を届けていた。けれど、一軒だけ、誰も訪れない家があった。  その家に住むお爺さんは、いつも怒ったような顔をしていてたので、子供たちが近づくことを恐れていたのだ。  その年、まだ3歳になったばかりのアレンが、初めてお菓子を配る子供たちの仲間に加わることになった。二歳年上の兄、ケインの横でピョンピョンとハシャぐアレンが持つ小さなカボチャのバッグでお菓子も楽しそうに飛び跳ねる。 「アレン、お菓子が落ちるよ。普通に歩いて」 「はーい」  ケインに注意され、アレンはやっと静かに歩いた。 「あれ?」 アレンは、ふと立ち止まり、お爺さんの家を指さして兄に尋ねた。 「あの家には行かないの?」 ケインは少し戸惑いながら答える。 「あそこはダメだよ。お爺さんがいつも怒ってるから、怖いんだ」 アレンはその言葉に首をかしげ、じっとお爺さんの家を見つめた。 「でも、あのお爺ちゃん、いつも泣く前の顔をしているよ」  少し驚き、言葉に詰まるケイン。アレンの言葉を聞いた他の子供たちが言った。 「怒ってないなら怖くないよ。今年は勇気を出して、みんなでお爺さんの家に行ってみよう」 「そうだね」  全員が賛成。でも怖い。子供たちは互いに顔を見合わせながら、小さく家のドアをノックした。  扉がゆっくりと開き、険しい表情を浮かべたお爺さんが姿を現した。子供たちは恐怖で固まってしまったが、アレンだけが屈託のない笑顔でお爺さんに近づき、小さな手を伸ばしてお菓子を差し出した。 「これ、あげるよ。ハッピーハロウィン!」 お爺さんは驚き、しばらくアレンを見つめていたが、やがて、かすかに震える声で「ありがとう」と呟いた。  その瞬間、お爺さんの頬が緩み、口元に少しだけ笑顔が灯る。 「笑った!」 子供たちはみんなで喜んだ。 その夜、家に帰ったアレンとケインは、両親にその出来事を話した。父親は深いため息をつきながらこう言った。 「あのお爺さんはな、昔はいつも笑ってたんだよ。8年前、奥さんを病気で亡くすまでは……。それ以来、誰とも話さなくなってしまったんだ」  まだ3歳のアレンには難しく、その意味は分からない。だけど、泣きそうなお爺さんが笑ってくれた。それが凄く嬉しかった。 「また来年もお菓子を届けよう!」  アレンは小さな拳を握りしめた。 それからの3年間、アレンとケインはハロウィンの夜になると必ずお爺さんの家を訪れ、少しずつ心を通わせていった。お爺さんはアレンを特に気に入っており、道端で見かけるたびに笑顔で声をかけてくれるようになったのだ。 しかし、4年目のハロウィン、その日は少し様子が違った。子供たちがお爺さんの家にお菓子を届けると、いつもとは違って、お爺さんの目には涙が浮かんでいた。アレンは何も言わず、お爺さんの手にそっとお菓子を置いたが、また元に戻ってしまったお爺さんを見て悲しい気持ちになった。 (笑っていてくれたのに、なぜ、泣くの?)  家に帰ろうとしたその時、お爺さんが子供たちを呼び止めた。 不思議そうに振り返るケインに、お爺さんはお菓子を手渡す。 「このお菓子は君からではなく、アレンからもらったよ。でもな、アレンが本当に渡したいのは私じゃないんだ。これをお父さんとお母さんに届けてくれ」 「えっ?」 言葉を失い、涙があふれ出そうになるのをこらえながら、静かにお菓子を受け取るケイン。  家に帰ったケインは、両親にそのお菓子を渡し、震える声で「アレンからだよ」と告げた。 「アレンが?」  両親はその場で床に膝を落とし泣き崩れた。それはケインも同じ。  ひとしきり泣いた後、お父さん、お母さん、ケイン、三人は、去年、事故で亡くなったアレンの遺影の前にお菓子をそっと置いた。 笑顔を添えた、三人の水びたしの声が、リビングの広い空間に滲んで解き放たれる。 「ハッピーハロウィン、アレン。来年もお菓子を届けに来てね」  金色の髪、まんまるい両目。はちきれる笑顔のアレンにその声が届いたのか、遺影の前のお菓子がコトッと音をたてて僅かに動く。  翌年のハロウィン、やっぱり涙のお爺さんにアレンはお菓子を渡さずこう言った。 「お爺ちゃん、笑って」  アレンが自分に本当に渡したいモノ。それに気づいたお爺さんは上を向き、涙を瞳の奥に戻す。そして目尻のシワを深め、必死で不器用に笑った。 「笑顔の贈り物、有り難う。さあ、お父さんとお母さんにお菓子を届けてあげて」 「うん!」  アレンは嬉しそうに頷くと、元気に駆けてゆく。ケインはそっとお爺さんの手のひらにお菓子を置き、深く頭を下げるのだった。  家の前、アレンがお菓子を芝生に置くと、夜空が輝き、白い羽がハラハラと舞い落ちる。 「さあ、行こう」  金色の長い髪の天使が降りてきて、細い手を差し出す。アレンがその手を取ると、彼の身体は眩い発酵体に包まれ空へと昇天した。  翌年のハロウィン。家族の元にアレンのお菓子は届かない。 「アレンのお菓子はもうないのかな?」  去年、家の前で拾ったお菓子を見つめ寂しそうに呟くケインにお父さんは指を差し、こう言った。 「ケイン、ハロウィンには間に合わないけど、お母さんのお腹に嬉しいプレゼントがあるから大丈夫だよ」  四年後のハロウィン。子供達の中に一人の少年を見つけたお爺さんは、彼を優しく抱きしめた。 「お爺ちゃん、泣いてるの?」 「泣いてない。嬉しいんだよ」 「じゃあ、笑って」  お爺さんは、彼と少しの隙間を開き、ぐしょぐしょの涙の中に頑張った笑顔を作る。彼は「ハッピーハロウィン、これ、あげる」そう言ってお爺さんの手にお菓子を置いた。  帰り際、お爺さんは彼を呼び止め名前を尋ねる。  金色の髪、まんまるい目。彼は振り向いてニッコリ笑うと、こう答えた。 「僕はアレン。来年もお菓子を届けにくるから笑ってね」 「分かったよ」  アレンが帰った後、お爺さんはお菓子を握り天を仰ぐ。 「奇跡を有り難う」  ハロウィンの奇跡。お爺さんは神に感謝し、笑顔で涙を流した。    来年はもっと楽しそうに笑ってみよう。アレンのお菓子を見つめ、お爺さんは、そう固く決意するのだった。
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