実写版峰不二子

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 僕は或るグラビアアイドルを撮影した後、ビーチパラソルの下、ビーチチェアに身を預け、スタッフらと夕暮れ時になっても駄弁っでいた。すると、波打ち際を歩く独りのビキニギャルに目が留まった。その途端、饒舌だった僕の口から嘘のように言葉が途絶え会話が止んだ。急激に細波を耳にしながら僕は息を呑んだ。茜色に輝く海を引き立て役にする、なんてビューティフルでワンダフルな光景なんだろう、天使が通るとは正にこのことか、と僕はフランスの諺をしみじみ噛み締めた。それから居ても立ってもいられず彼女に駆け寄り声をかけた。彼女が振り向きざま、あっ、君は!と芸名が頭に浮かんだ。そう彼女は女優、それも鳴かず飛ばずの、否、人気女優なんだよ、充分成功しているんだけど彼女の秀逸な外観からすれば、そう言わざるを得ない程、不遇だということがはっきり分かった。で、世間は見る目がない、仮令、彼女のファンであっても彼女の本当の良さを分かっているかとうか疑わしい。それはそもそも彼女の良さを引き出せる映画監督もカメラマンもいないからだと思った。夕映えした彼女を間近に見て判然としたのだが、ルックスもスタイルも他を寄せ付けない程に優れているのだ。だからそう思うのが至極当然だろう。もっと言えば、背もあり胸も大きく形も良さそうだから僕の温めていたアイデアを実践出来ると思った。そうすれば、彼女は一躍大スターになり、僕も大いに恩恵に与ると更に思った。僕の温めていたアイデアとは色んなセクシーなコスチュームを纏った実写版峰不二子を演じるモデルだけを映したイメージビデオを撮ること。声も甘く蕩けるようだから峰不二子のイメージにぴったりな女性を遂に僕は見つけ出したのだ。  僕のアイデアは彼女を乗り気にさせ、彼女のマネージャーにも彼女の所属する芸能事務所にも受け入れられ、話はとんとん拍子で纏まった。で、実際、撮ってみて、こんなかっこ良くて色っぽくて大人っぽい、いい女は他にいないと確信した。それでいてロリロリのかわいい感じにもなる。これってサイコーじゃねぇ!と僕は有頂天になりながら撮影の監督を続けるのだった。  結局、このイメージビデオは案の定、大ヒットした。それをきっかけに彼女は各方面からオファーが殺到して引っ張りダコになり、超売れっ子スターにのし上がった。それは僕にとっても喜ばしいことだったが、満足出来なかった。彼女の隠れた魅力、それを美的に芸術的に表現したいと新たな欲望が生まれ、新たなアイデアが生まれたのだ。そう、彼女をヌードにする。そして色んなポーズを取らせ、彼女の美を余すところなく表現する。嗚呼、想像するだけでもわくわくうきうきぞくぞくする。誰も成し得なかった偉業へ…と言っても過言でなく、謂わば、実写版峰不二子を脱がしてだぞ…嗚呼、なんてアンビリーバブルでアメージングなことなんだ。よし、こうなったら何がなんでも彼女を脱がしてみせるぜ!と頗る意気込んだ僕だったが、先を越されてしまった。と言うのは前々から彼女のグラビア撮影をしていたカメラマンが彼女に是非ヌードを撮らせてくれと頼み込み、その熱心さ、しつこさに根負けした彼女は、初のヌード写真集を出す運びとなったのだ。それを観て僕は何だ、これは、と思った。彼女の隠れた魅力の3割位しか表現出来ていないのだ。露出度もそうだが、彼女の凛々とした美顔から生まれる魅惑的な多彩な表情と共に流麗なボディラインをしっかり拝めないのだ。幾ら美しいとされる女体でも何処かしら欠点があるものだからそこを隠せば良いのだが、彼女は間然する所がないと言っても良い位だからフルヌードにすれば良いものを…ま、遠慮もあったんだろうが、隠すのみならず折角の見せ所(無論恥部のことを言っているのではない)を態々ぼかしてみたり…何考えてんだか…奇跡的に三十二相揃った、二度と現れない被写体だというのに…と言えるのであって矢張り彼女は半端なくいい物を持っていると知るに至った僕は、ドラクロワの描いた自由の女神マリアンヌのように正々堂々とその逸品を露わにさせようと意欲満々になり、このヌード写真集を遥かに凌駕する国宝級のヌードイメージビデオを撮ってやると不退転の決意を固めるのだった。  実際、彼女はそれ自体、国宝級の美女なのだ。しかし、それを表現出来る人間が僕以外にいない、そう悟ってみると、この不毛な土壌に対し、なんと味気なく情けないことだろうと嘆いた。悲しいかな、僕のような審美眼を持った美意識の高い美的センスのあるアーティストがこの国には他に存在しないのだ。
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