Poltergeist für dich

2/8
前へ
/8ページ
次へ
 列に並び、足を()るようにして、中腰で移動する。  順番が来た。  苦く、でもどこかあまやかな香りのする灰を、ひとつまみ、燻る熱のなかに()べる。  目を、瞑る。  強く、念じるように。 「…………」  灰の香りが、その入れ物の前を去ったあともなお、かすかに、彼の近くにまつわりついている。  夏休みに出来心から染めた、いまは色の抜けてやや、白っぽくなった髪を、触る。その香が宙を揺れ動き、苺の周りを包む。ほのかに、温かい、ほう、と息を吐きたくなるような香気。  近くにいるようだ、と、思った。  亡くなった親友の、――真白が。  ちょうど、続いていたお経のうちに、彼の名前を見つける。  曾根崎(そねざき)真白(ましろ)。  朗々ととなえられたその名前が、静かに、彼の存在のように、空気に溶けて、消えてゆく。 (ああ、……本当にもう、彼はこの世にいないんだな)  朴訥(ぼくとつ)とした声を聞いて、ふと、その事実が腑に落ちてくる。  (おもり)のように。  ずしっ、と、身体を重くする。  肩に、冷たい感触。  お坊さんの近くをさまよっていた霊が、いつのまにか、自分の横に集まってきていた。  にやにやと笑うただれた顔と、目が合う。 (あ)  瞬間。  苺の意識が、ふわり、と浮遊していく。  身体の均衡を保っていられなくなり、その場にゆっくりと、くずおれる。 「苺?」  彼の母親が振り返り、血相を変えた。 「どうしたの? 具合悪いの?」  震える手で、身を起こす。  まだなんとか、身体の権限はこちらに残留してくれていた。  だいじょうぶ、と、聞こえるか聞こえないかくらいの声量ではあるが、はっきりと、口に出す。  いまは、なにしろ、大事な親友の、葬式の真っ只中なのだ。  式をぶち壊しにするなんて、できない。  苺にとって、それは絶対に避けたい事態だった。  かすれる声で、前向いて、母さん、と、促す。日ごろは彼女のことをクソババア、とののしり混じりに呼ぶことが多い彼だったが、流石にいまの状況だったり場だったりはわきまえていた。  周りのひと達がちらほら、合わせた手の形をわずかにくずして、心配そうな目をこちらに向けていた。苺はゆるく首を振り、だいじょうぶです、と動きのみで意思表示をする。  母親は目をぱちぱちとまたたく。 「なんか具合悪くなったら、言いなさいよ」  小声で、たしなめるように、母は眉毛を寄せ、息子の言葉を受け取った。  周りのひと達も、前を向く。  苺は必死に、薄目になりながら、読まれる経文(きょうもん)に集中する。霊たちはだんだん、興味をなくしたようで、また徘徊し始めた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加