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列に並び、足を摺るようにして、中腰で移動する。
順番が来た。
苦く、でもどこかあまやかな香りのする灰を、ひとつまみ、燻る熱のなかに焚べる。
目を、瞑る。
強く、念じるように。
「…………」
灰の香りが、その入れ物の前を去ったあともなお、かすかに、彼の近くにまつわりついている。
夏休みに出来心から染めた、いまは色の抜けてやや、白っぽくなった髪を、触る。その香が宙を揺れ動き、苺の周りを包む。ほのかに、温かい、ほう、と息を吐きたくなるような香気。
近くにいるようだ、と、思った。
亡くなった親友の、――真白が。
ちょうど、続いていたお経のうちに、彼の名前を見つける。
曾根崎真白。
朗々ととなえられたその名前が、静かに、彼の存在のように、空気に溶けて、消えてゆく。
(ああ、……本当にもう、彼はこの世にいないんだな)
朴訥とした声を聞いて、ふと、その事実が腑に落ちてくる。
錘のように。
ずしっ、と、身体を重くする。
肩に、冷たい感触。
お坊さんの近くをさまよっていた霊が、いつのまにか、自分の横に集まってきていた。
にやにやと笑うただれた顔と、目が合う。
(あ)
瞬間。
苺の意識が、ふわり、と浮遊していく。
身体の均衡を保っていられなくなり、その場にゆっくりと、くずおれる。
「苺?」
彼の母親が振り返り、血相を変えた。
「どうしたの? 具合悪いの?」
震える手で、身を起こす。
まだなんとか、身体の権限はこちらに残留してくれていた。
だいじょうぶ、と、聞こえるか聞こえないかくらいの声量ではあるが、はっきりと、口に出す。
いまは、なにしろ、大事な親友の、葬式の真っ只中なのだ。
式をぶち壊しにするなんて、できない。
苺にとって、それは絶対に避けたい事態だった。
かすれる声で、前向いて、母さん、と、促す。日ごろは彼女のことをクソババア、とののしり混じりに呼ぶことが多い彼だったが、流石にいまの状況だったり場だったりはわきまえていた。
周りのひと達がちらほら、合わせた手の形をわずかにくずして、心配そうな目をこちらに向けていた。苺はゆるく首を振り、だいじょうぶです、と動きのみで意思表示をする。
母親は目をぱちぱちとまたたく。
「なんか具合悪くなったら、言いなさいよ」
小声で、たしなめるように、母は眉毛を寄せ、息子の言葉を受け取った。
周りのひと達も、前を向く。
苺は必死に、薄目になりながら、読まれる経文に集中する。霊たちはだんだん、興味をなくしたようで、また徘徊し始めた。
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